役割(1)僕たちは、生きているだけで地球にインパクトを与えている。一人一人が必要な役割を演じ、その悪影響をカバーして初めて地球は持続可能になる。 でも、「持続可能な世界」は最終的なゴールではない。「持続可能な社会」と「不幸な人々」は同居し得る。もっと大きな目標が必要なのかも。

役割(2)「夢」は、自分の顕在意識から出発し、好き嫌いや欲望に左右されながらも、より大きなのものに適応していくフォアキャスト的アプロー チ。「使命」は、自我を超えた宇宙的な視野における自分の役割を認識し、生活レベルの具体的なことに落とし込んでいくバックキャスト的アプローチだと思 う。

役割(3)自分の使命レベルのことやこの国難の時に本当に必要なことを考えた場合、既存の企業群だけではほとんど役不足だと思う。個人レベルでやるべきことを特定し役割分担するなら、ほとんどの人が必要な事業を一から始めることになるのではないだろうか。

役割(4)「企業でどう役に立つか」だけ考慮していればいいのは、既存の企業群が、経済だけでなく社会や政治、環境などに対して十分な役割を果た す見込みがある場合だけ。これは最も起こりえないことで、僕たちが「企業でどう役に立つか」という発想をするのには元々欠陥があるのではないだろうか。

役割(5)競争社会になると、「企業が優秀な人材しか採用しない」という現象が起こり易くなると思う。企業が本当に社会に貢献したいと思うなら、人を選ばず採用し人材育成の役割も果たすことによって、社会のボトムアップを目指すはず。

役割(6)企業に相手にされず能力を発揮出来ずに、社会で役割を果たせないばかりか社会に負担をかけるだけの失業者が続出してしまうような社会 は、とても健全とは言えない。それを放置しておく企業は「社会貢献」という観点で失格だし、「個人の自己責任」で済ませてしまう人たちも結局は損をする。

役割(7)「日本を変える」なんて大きな発想は必ずしも要らないと思う。それぞれの人がそれぞれの地で役割を果たし合えれば、その時には日本は変わっている。

役割(8)個人的に、スーパーマン思考が大嫌い。自分がスーパーマンになれないことも、なる必要がないことも知っている。むしろ、スーパーマンな んて求めない。それぞれが、生身の人間の範囲で必要な役割(使命)を果たせればそれで十分。スーパーマン思考ってどんな動機から来るのだろう?