『蔵の財(たから)よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり』

日蓮大聖人御書の僕の大好きな一節です。

『蔵の財よりも身の財すぐれたり』

僕は、20代の前半くらいまで、ひどくモノ依存症でした。

あれもこれも欲しい。

テレビは時代の最先端のものじゃなきゃ嫌だ。
もはやビデオデッキの時代じゃないのだから、DVD/HDDレコーダーじゃなきゃ嫌だ。
ギターもアンプもフェンダーじゃなきゃ嫌だ。
デスクトップPCは中身がすっからかんでも、ケースがごつくてクールなやつじゃなきゃ嫌だ。
ベッドはセミダブルじゃなきゃ嫌だ。
冷蔵庫や電子レンジなどの家電は白で統一されていなきゃ嫌だ。

・・・

そんな勝手なわがままを抱えた上に、一人暮らしを計画し、それらのモノが全部持って行けて、しかも整って見えるくらいの大きな部屋のあるアパートを借りた。

しかし、それでも満足し切れず、モノは増え続け、今では、大き目の部屋なのに、部屋中モノで溢れている・・・

今思えば、これってすごく馬鹿げた事のように思える。

普通に考えて、こんなにも沢山のモノを一人で抱え込んで、しかも、一人分の立派な部屋まであって、それでもどこか満足していないところがあるのだから。。。

自分に自信がなかったから、形として長く残りそうなモノに頼る傾向があったのだと思う・・・

そんなおかしな状況に気付き始めたのが、去年のアメリカ西海岸縦断の一人旅をした時だった。

日本でしか生活した事がなく、それも、ほとんど地元の神奈川県しか知らなかった僕にとって、それは想像を遥かに超える強烈な体験だった。

その時初めて、自分の身一つで、こんなにも素晴らしい体験が出来るんだって事を知った。

そう思ってから、価値観が180度変わってしまった。

「お金を出すなら、モノを買うより、体験を買いたい。」

5年前、僕は全く正反対のことを言っていた。

人間って、これだけ変われるんだ。
20代後半になっても・・・

それからというもの、部屋にあるモノがほとんど要らなくなってしまったのだ。
今では、要らなくなってしまったモノの処分に困っている程に・・・
もはや、一人暮らしのメリットもあまり感じられなくなってしまった。

僕達が大切に大切に抱え込んでいるモノって、所詮、その程度のものなのだと僕は思う。

抱え込めば抱え込むほど、幸せって遠のいていくように感じる・・・
それはあくまで相対的な幸福であって、絶対的な幸福ではないから。

モノでは、本当の幸せは掴めない。
掴めたとしても、一時的な満足だけだ。

『身の財より心の財第一なり』

今の僕は、モノがなくても、自分の身一つで楽しむ術を知っている。

頭を使って何かを考える事が出来る。
頭の中で何かを想像する事が出来る。
歌うことだって出来る。
自分の考えを書く事も出来る。
人間の営みに積極的に参加する事も出来る。
楽器がなくても、頭の中で音楽を創り上げる事も出来る。

こういった事が、今は楽しくて仕方がない。

だけど、こういった体験を楽しむだけじゃ不十分だと、最近気付いてきた。

どんなに素晴らしい体験も、感動出来なければ、「ただの体験」で終わってしまう。

「あ?楽しかった!」だけで終わりじゃ勿体無いってこと!

確かに、体験は、感動を呼ぶきっかけに十分成り得るけど、受身の姿勢で体験に頼っているだけでは、実際に感動出来ない場合だって出てくる。

感動とは、心の動きの中で生ずるものなんだ。
自分の心で、自らが掴み取りに行かないと発生し得ないものだと思う。

心が閉じてたら、どんな感情も発生しない。
心が動いていなければ、どんなに素晴らしく偉大な体験も響かない。

だから、大切なのは、「何をするか」より、自分が心で「どう感じるか」なんだ。

例えば、いつも通るような何でもない道でも、毎回、新たな感動を見つける事が出来るならば、実は、それはすっごくラッキーなことなんだ。

例えば、誰からも見向きもされない売れない芸人の芸でも、同じように大笑い出来るのって、それも、考えられない程にラッキーなことだ。

例えば、子供の頃には有りがたみが分からなかったけど、一人暮らしをするようになって、おふくろの味が恋しくなって、実家に帰る度に、「うまい、うまい」って言いながら、母の手料理を食べるようになれたなら、それもラッキーなことだ。

例えば、嫌いで嫌いで仕方のなかった人に、良いところを見つけられたら、それもまたラッキーなこと。

要は、「人生、感動が多い方が絶対に良い。それなら、どんなことにでも感動しちゃえばいいんじゃね?」ってこと!

冒頭に紹介した御書の一節は、これらのことをすべて含んでいるんだと思う。

資本主義社会を生きる僕ら現代人が忘れがちな事を思い起こさせてくれる素敵な言葉だと思う。

僕は、自分の体験から、この言葉の持つ意味を、深く心に焼き付けることが出来てすごく幸せに思うんだ。