夏休みだし今しか時間がとれないと思って始めた某コミュのトピックですが、大変なことになってます。

何人かは、「有用な情報が多く、興味深いトピなので楽しみにしている」というように書き込んでくれているのですが、一部の人が凄まじいエネルギーで議論を台無しにしてくれています。
僕が書いた内容も、他の方が書き込んだ有用な情報も、関係ないコメントの応酬にかき消されて、断片的にしか残っていません。

まさか、僕のコメントを、ここまで斜めに読み続けられるもんかと呆れ続けています。
何ていうか、そういう人はパラフレーズ(自分の言葉で言い直す)が苦手みたいですね・・・(パラフレーズしているようで完全に意味を取り違えてしまっています)
悪意がある限り、正確なパラフレーズは出来ません。

それに、誹謗中傷の嵐なのに、管理人に相談しても対処してくれません。
管理人がフェアでないコミュはいくつか見てきましたが、そこも十分ひどいと感じています。

とにかく、そういう人たちは、怒りのコメントの応酬をして、これでもかってくらい、相手が悪いというイメージを周りの人に植え付けますね。
あまりにもひどい訳の分からない非難の嵐だったので、僕が作ったトピックだったのにも関わらず、もうコメントが出来ない状態になってしまいました。

この膨大なエネルギーの源は、フロイトが言う、真の意味での「無知」からではないかと思っています。
「無知は、知の怠慢ではなく、知ることを拒絶する膨大なエネルギーの結果」
(マイミクの方の日記で知った言葉なのですが・・・)

目先の満足のために、ものすごいパワーで、ものすごい勢いで、自分の将来の利益を破壊しているようなものです。

ということで、平塚市改造計画1としては、まずは、本当の意味で「愚かな人」が現実にいるということを知る機会をつくり、出来るだけ多くの市民に危機感を持ってもらうことかもしれませんね。
人が呆れて関わりたくないって思う先にしか、本当の危機感は生まれないと思うので、機会を作り続けることだと思います。

話の大きさや本気度、プロセスが進むにつれて、抵抗や非難はどんどん強くなっていくはずです。
マハトマ・ガンジーが言ったこの言葉は、的を得ていると思います。
「立派な運動はいずれも、無関心・嘲笑・非難・抑圧・尊敬という五つの段階を経るものである」

ちょっと話が脱線しましたが、むしろ、愚かな大人たちの姿を目の当たりにさせるのは、実は、子供たちへの最高の教育なんじゃないかと思いました。(例のトピの中でそんな一場面がありましたが)
大人の愚かなところを子供に見せたくない、と思うのが親や教育者の願うところかもしれませんが、むしろ、見せるんです。
最高の社会学習になるかもしれません。

例えば、兵庫県の中学生から始まった日本くま森協会の話も、中学生たちが大人たちの愚かさから感じた、凄まじいほどの危機感から始まっています。
http://homepage2.nifty.com/kumamori/

この話は、そうして立ち上がった中学生が、大人顔負けの猛勉強をして、「森を残し、全生物と共存しなければ、人間も生き残れない。」という結論を出すまでに至ります。
そして、なかなか腰を上げない理科の教師を動かし、各戸を訪問して署名を集め、市役所、県庁、環境庁(当時)を訪れて、逆に、大人たちの意識を変えていったのです。(「日本くま森協会の誕生物語 クマと もりと ひと」より。)

それから、前回のアメリカの民主党の大統領候補選出の時に選ばれた候補の中に、白人男性がいなかったでしょう。
オバマさんとクリントンさん(奥さんの方)でしたよね。
これは、もはや、アメリカ国民の中で、「白人男性にはもう任せておけない」という危機感がそういう結果を生んだのだと思います。

本当の意味で愚かな人間を目の当たりにする機会を作ることは、案外、すごい変革を生むきっかけになると思いませんか?

次からは、もっと具体的なことを書いていきます。