最近、父親が僕に対して妙に優しい。
正直気持ち悪いって感じるくらいに違和感がある。
何か妙にべたべたしてくるんだ。

みなさんは家族の変化でそんな風に感じたことはないかな?

最近、実家では離れの台所が使われていて、飯食って風呂入ったら、家族の何人かはもう一つの家の方に歩いて帰るんだけど、僕が先に帰ろうとしたら、父も立ち上がった。
で、何となく一緒にいくような形になったけど、僕の靴は裏口にあって、かなり時間をロスした訳だけど、父は、寒い中、外で待っててくれた。
たかが30mくらいの距離を歩くだけなのに、彼は待っててくれた。

父にゴルフに誘われた時、
「今月休めるのか?」
って聞かれて、
「葬儀で仕事始めから休んじゃったし、来月も2日休むし、難しいかな・・・」
って行ったら、
「そうか・・・」
と言ってすごくしょんぼりしているように見えた。

デジカメ買うのに、
「おれが半分出してやる」
って言ってきた。
「いや、自分専用で使いたいから自分で買うよ。」
って言ったら、
「どうせおれは使わないから、お前専用で使えばいいさ。」
なんて今まであり得なかったことを言い出した。

母親が、
「ひろちゃん、創価学会だっけ?」
って妙にニコニコしながら言ってきて、
「そうだよ」
って答えたら、
「嫌だよ??○○さんちで、葬儀の時に位牌を全部燃やされちゃって大変だったんだって」
って言ってきて、
「昔は良く知らないけど、今はそんなこと絶対にしないから」
って断固たる態度で答えたら、母親も、
「創価学会だっけ?天理教だっけ?分からないけど・・・」
ってなっちゃって、傍で聞いていた父親が、
「・・・天理教だろ。」
って言ったんだ。
僕的には、すっげー勢いで構えてたんだけど、父親の意外すぎる発言に拍子抜けしてしまった・・・汗
1年前だったら、格好の餌食になってタジタジになってたかもしれない・・・
父親の学会アレルギーはとにかくすごかったから。。。

これらの父の変化で一つ思い当たることがある。

ずっと書けずにいたけど、実は、今月6日に、実家で祖父が急に亡くなった。
旧な出来事なだけに、7日に葬儀の打ち合わせ、8日にお通夜、9日に告別式をバタバタとしながら終わらせた。
祖父は、孫の僕にとっては、近寄りがたい頑固で寡黙なおっかない存在だったけど、実家のある地域では顔が広く、いろんな人が弔問に訪れた。

生まれてから、こんなにも近い身内が亡くなるのは初めてで、自分達で葬儀をあげるってことがこんなにも大変だとは思わなかった。(この葬儀の疑問点・問題点については後ほど書く予定です)

僕は、本家の長男として、しっかりとしてなきゃいけないっていう使命感で、打ち合わせにしっかりと出たり、式場に一人で泊まって線香を切らさないようにしたり、買出しとかお客さんの接待とか、式場の受付とか、従兄弟たちのケアとか、九州から来られた伯父さんの着替え場所の確保とか、相当頑張った。

中でも、大学の頃、初めての海外旅行で姉とハワイに行ったときに泊めてくれた親戚のおじさんとその奥さんが来た時がすごかった。
そのおじさんは、ハワイでも展開されている○○生命の社長だったらしくて(細かいことは良く知らない・・・)、家賃がすごいことになっているハワイのでかい家に住んでたんだ。
迷子になりそうなくらいでかかった・・・汗
今、ロサンゼルスの大学に留学している娘さんもその時はまだ小さくて、友達と日本語で話してたかと思いきや、いつの間にか英語になってたりして、それが自然すぎて、逆にすごい不思議な感覚に陥ったりした。
ハワイ滞在中に、おじさんに自慢の社長室とか、ゴルフのコースにも連れてってもらえた。
ワイキキビーチからクルーザーでいろいろ回ったりもしたな。
ほんとすっげぇ良くしてもらって、いつかちゃんとした形で感謝を伝えなきゃなと思ってた。

そのおじさんと奥さんが来てた時は、ちょうど母の姉妹がみんな着付けに行ってしまっていなかったから、父と僕とで場を繋がなければならなかった。
父はいつものようにくつろいで何もやらないので、僕が、昼食のお代わりを出したり、をお菓子を出したり、お茶を入れたり、常に気を配っていた。
そうしながら、僕はかなり喋っていた。
主に、メキシコからカナダまで、アメリカ西海岸を縦断した旅のこと、それに続く旅、そしてアメリカ留学計画のこと。

アメリカ西海岸縦断の旅については、ここに概要が書いてあります。

◇アメリカクエスト2005を振り返る
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=259610029&owner_id=2247284

この旅行が僕に齎したものはあまりにも大きい。
それだけに、乗ってるときなら、誰にでも興味を引きつけながら、この体験を語ることが出来る自信がある。

この時も例外ではなく、かなり丁寧で分かりやすい話し方を心がけて、話にメリハリがつくように話の展開にも気を遣って話したら、案の定、相当興味深く聞いてくれた。
表情とリアクションで分かる。
「もっと聞きたい」っていう気持ちが。

父は、隣で僕の話を聞いていたけど、もしかしたら、この話をゆっくりと父に聞かせたのは初めてだったかもしれない。

そんな父は、
「誰に似たんでしょうね?、こんなに自分で決めて一人で海外に行っちゃうような人はうちの家族にはいないんですけどね。」
って嬉しそうに語っていた。

2時間以上みんなで話をしていたはずだけど、そんな中でも、お茶がなくならないように、お湯を沸かすのも含めて気を回した。

自分で言うのもなんだけど、父は、そんな息子が誇らしかったんじゃないかと思う。
創価学会に入ってるかどうかとかなんてちっぽけなことだ。
創価学会に入ったからって、僕は僕だし、ただ、もっともっと僕らしくなっただけだ。
父の息子だということにもなんら変わりはない。
むしろ、父は息子を誇りに思い、息子は父に本当の意味で感謝するようになれたんだ。

父の変化が、僕にとってはまだ違和感あるのは事実だけど、父と僕の間の絆って深まっているのは間違いないと思う。
一時期、失われたように見えた絆は、今や以前より間違いなく強くなっている。
そして、これからもさらに強くなっていくのだろうと思う。

これは、僕が信心をした結果以外の
何ものでもないと思