僕がこの信心の確信を掴んだ瞬間は、入会後半年も経たない時期に訪れました。

とは言っても、普通に日記を書いたら日常の事ってだけで片付けられてしまうくらいの事かもしれません。

それは、真夏の蒸し暑さ全開のある週末に起こったのですが、とりあえず、その時、僕に起こった事を出来るだけ忠実に書こうと思います。

まず、その初日の2005年7月15日(金)の出来事から書きます。

この日の出来事は、下記のブログ日記に書き記してある通り、今の職場内で、チームの異動があったばかりでした。

◇過酷過ぎる野洲(滋賀県)出張記
http://eternal-t.dyndns.org/BIC/2005_07_15_23_21.php

僕は、某大手IT企業で、うちの会社から派遣という形で作業をしている訳ですが、うちの会社の勝手な意向でメンバーの玉突きローテーションが強行されました。

何故か、2週間ぽっきりの引継ぎ期間で、僕は、新しいチームの仕事を引継ぎ、新しく僕のポジションにつくメンバーに、仕事の引き継ぎをしなければならなくなってしまったのです。

これだけで、全く信じられない会社なのは疑いようはありませんが、その後、もっと信じられない事がハプンしました。。。

ななななんと、客先の意向で、2週間の引継ぎ期間内に、野洲(滋賀県)に出張して、現地のメンバーに、新しいチームの作業の説明をしろと言うのです・・・汗汗

いやいや、そりゃぁ、むしろ僕が説明してもらいたい状況で、まったく、「?」マークが100個以上付きそうですよね。。。

実は、この異動したチームってのは、以前、1年間くらい作業した事のあるチームなんですが、それにしても、1年以上前の事なので、状況はがらっと変わっていて、どう考えても無茶なだけでした・・・

それも、このチームは2人チームで、もう一人のメンバーは21歳で、彼も、このチームに就いてたったの3ヶ月くらいの新人だったんです・・・

こんな前提なんで、いくらでも文句を言って何とかやめさせる事は可能だったし、強行したとしても、状況的に言い訳なんていくらでも出来たから、失敗してもいいやくらいに気軽に考える事も出来たかもしれない。

信心を持っていなかった時の僕だったら、間違いなくこの訳の分からない現実から逃げようと試みていたと思う。

この時、初めてご本尊と向き合って、お題目を真剣にあげてみました。
学会員の先輩方が口々に言う、お題目の効果を体験してみたかったんです。

そうしたら、不思議と、

「こんなに無茶な状況でも、全力で精一杯取り組んだ結果、最高の結果を収められたとしたら、そりゃすげぇ事だよな」

と思えて、いつしか、

「人生のうち2週間なんてほんの一瞬の事だ。この期間、辛くても苦しくても、お題目と共に、この現実に精一杯、全力で向かっていこう。」

という気持ちになってました。

だから、出発日から逆算して、綿密なスケジュールを立てて、関係者も最大限に巻き込みながら、2週間弱で、生活を犠牲にしてでも、本当に出来る限りの事をしました。

新幹線の時刻管理、ホテルの手配から、事業所の所在地の確認と、全体的な動きについてなども綿密に計画して、もうとにかく楽しもうと思って、その時たまたま京都で開催されていた祇園祭りに、もう一人のメンバーと遊びに行ったりしました。

で、説明会当日、真夏の痛いほどの日差しを浴びて、Yシャツがあっと言う間に汗でびっしょりになりながら、目的の事業所に向かい、初めて会った向こうの関係者6人くらいを前に、プレゼンを行ってきました。

向こうのメンバーにも、こんな訳の分からない状況だって事は伝わっていたはずだけど、僕のプレゼン内容について、容赦ない質問を投げかけてきました・・・汗

でも、その質問毎に、頭を最大限に働かせて、誠実に回答を行っていったところ、もちろん、そんなに立派なプレゼンではなかったけど、僕的には、想像以上に上出来な結果だった。

それに、僕のプレゼンを聞いた何人かは、「また分からない事があったら質問させてください」って言ってくれたので、何とか最低限の信頼を得られたと思います。

この日、帰りの新幹線に乗る前に、京都駅近くで見かけたお好み焼き屋で、ささやかな打ち上げをしたんですが、この日ほどビールがうまかった日は未だにないです。笑

この一連の出来事は、お題目の効果が齎した結果以外の何でもないと確信出来ました。

生まれてきた境遇やその時々で立ちはだかる障害は、もちろん人それぞれ違いますが、自分にとって常に何が必要なのかが、この時、心で感じられたのです。

それは、

「何があっても決して現実から逃げずに、常に主体者の意識を持って、精一杯、どんな事に対しても全力で取り組んでいく事」

です。

そうすれば、突破口は自ずと見えてきます。

そして、最終的には、それが自分にとって一番良い決断だったんだと後で分かります。

この一連の出来事で、お題目の凄まじさを身を持って体験して迷いがなくなった結果、その後の型破りな行動力が生み出されていったのだと思います。