この数日間、STAND UPという国連のキャンペーンの為に、一人で突っ走ってました。。。

いろんな人にお知らせしまくって、数打ちゃ当たる的な活動をしていました・・・

でも、このキャンペーンって、数多くあるキャンペーンやイベントの中のひとつに過ぎないんですよね・・・

他にも、「ぜろ祭り」っていう、カンボジアの地雷除去などを目的としたチャリティの集いなんかもあるみたいです。

ぜろ祭り
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1284663

こういう風に、いろんなシンポジウムやキャンペーンやイベントがあって、個人のものも含めて、みんなそれぞれ取り組んでいることがある。

一つ一つに意味があると思う。

どれに参加するのかは個人の自由。

自分が共感するイベントやキャンペーンに参加すれば良いんです。

確かに僕は、個人的に共感したに過ぎないキャンペーンのことをみんなに一方的にお知らせし、「何でみんな支持してくれないんだ?」って文句言っていた・・・

強制的にやらなきゃいけないような雰囲気にさせてしまって、すごく嫌な気分になった人もいたかと思います・・・

本当にごめんなさい。。。

本当に、個人は自由であるべきだと思います。

その上で、今後、僕が苦悩していくべき指針が見えてきました。

何度も言うようですが、個人は自由であるべきです。

ですが、そればかりではみんなが良い方向に向かえるとは限らないですよね。

だからといって、やっぱり強制するのは良くないのです。

北欧では、教師は、生徒に勉強を強制してはいけないことになっているようです。

生徒にとっては自由な空間ですよね。

別に勉強したくなければ、漫画を読んだり、おしゃべりしたり、好きなことをしていても良いのです。

その上で、教師たちは、どうやったら、生徒たちが勉強する気になってくれるのかに本気で悩んでいるみたいです。

こういったシステムで、スウェーデンの教育現場は破綻気味らしいんですが、フィンランドはうまく行っているようです。

何が違うのか?、興味があるところですね。

少し前に日記に書きましたが、「自由」って、実はものすごく厳しいことなんですよね。

好き勝手やらせてくれるんだけど、それは自分が決めたことになるんです。

だから、誰かのせいには出来ません。

そう考えると、実は、何かに縛られていた方が楽なのかもしれません。

失敗しても、誰かのせいにすればよいのですから。。。

こういった「責任のない自由」は、単なる「わがまま」と言うんですが・・・

人間の営みは、とってもデリケートで、一生学ぶことが尽きないものなんだなと思いました。

誰に対しても、自由を与えなければならない。

だけど、お互いに、良い方向に向かわせるために、お互いに関わっていかなければならない。

だから、命令をするのではなくて、その気になってもらえるように、強制的ではない働きかけをしていく必要がある。

きっと、頭でいくら考えても答えは出てこないでしょう・・・

とにかく、誠意を持って、実践で試行錯誤していくしかないのだと思います。

その過程には、傷ついたり、傷つけたりし合うこともあるでしょう。

でも、その過程を経ていかないと、恐らく答えは出せない。

それぞれ、その覚悟はしていかないといけないと思う。

親子の関係でも、友達の関係でも、恋人同士の関係でも、会社の中の関係でも、人間がいる場所では全部そう。

僕はまだほとんど出来ていない・・・

くふぅ、、、究極的な課題が見えてきてしまった・・・汗