今日は朝遅く8:00時近くに起きて、(毎日6時起きの生活だったので、それに比べたら遅い・・・)まず、最近一週間限定で試読し始めた日本経済新聞と読売新聞の読み比べをした。
何ていうか、日本経済新聞は字が多すぎて続かなさそうだから、やっぱ読売新聞の継続で良いかなという雰囲気になっている。。。
10時前には家を出て、昨日風呂に入ってなかったので、風呂に入りがてらスポクラに行った。
で、久しぶりに時間が出来たので、スポクラ後に、ついでに、前から実行しようと思っていた「藤沢善行のおばさんちに料理でも習いがてらご馳走になりに行こう」計画を思い出し、行き当たりばったり出おばさんに電話をしてみたところ、この日はおじちゃんの三回忌だったらしく、法要にうちの両親も出席して、その後昼食に行く予定になっているとの事だった。。。

両親にも聞いてなかったし、三回忌だって事も全く知らなかったし、かなりの偶然が重なって僕もモロに私服だったけどちょこっとだけ出席する事になった。
何かかなり場違いな感じだったけど、おばちゃんはそんな形に拘らずに、僕が行った事を素直に喜んでくれた。
法要が終わった後に墓参りに行ってから、六会日大前のやよい鮨に行った。
僕はこんなに本格的な鮨屋に行った事なかったので、かなり新鮮だった。
テーブルの向いには、おばさんの娘のミナさん(つまり僕の従姉妹)のお友達のテツコさんとその夫のタダシさんが座っていた。
最初、どんな人なのか全然情報がなかったので、話しかけるきっかけが見つからず、しばらく沈黙が続いたけど、夫のタダシさんとは、「スポーツクラブ」、「釣り」というキーワードから話が始まり、「音楽」の話でかなり盛り上がった。
タダシさんは、若い頃、バリバリのバンドマンで、XのYOSHIKIや聖飢魔IIなどがよく利用していたという音楽スタジオでバイトしながら、バンド活動をしていたらしい。
影響を受けた音楽は、主にレッド・ツェッペリンなどのブリティッシュのロックで、イングヴェイ・マルムスティーンも大好きだったとの事だった。
背も高くて男前だし、当時のライブとか見てみたいなとか思った。
僕も、Redemptionの日本ツアーなどの話をしたら、タダシさんは「俺、そういうの好きだよ」と言ってくれた。
タダシさんとは全く面識がなくて、どんな人かも知らず、特に彼に興味があったともいえないけど、すごく有意義な話が出来たなぁと思う。
だけど、もし、興味がないからといって話をする努力をしなかったら、この有意義な話も出来なかったはずだし、そう思うと、やっぱり、どんな人に対してもチャンスがあれば話しかける努力をすべきなんだなと強く感じた。
やよい鮨を出ておばさんちに帰って、そのまま帰ろうかと思ってたけど、今夜、ミナさんが昔からの友達を呼んで飲み会をやるらしくて、それに誘ってくれたので、こんなチャンスはなかなかないし、参加していく事にした。
ミナさんは、僕の父方の従姉妹で、15歳も年上で背が高くてスレンダーできれいなお姉さんだ。
従姉妹でありながら、今まで挨拶くらいしかした事がなかった。。。
父親自体九州出身で、父方の従兄弟自体もほとんど関東にはいなくて、会った事さえない。。。
ミナさんは、唯一、近くにいる従姉妹なんだけど、おばさんちに行ってもいつもいなくて、未だに独身ですごく自由奔放な人なんだなってイメージしかなかった。
16時前から、ミナさんとテツコさんと飲み始めて、18時頃にもう一人のお友達のイチさんが来た。
ミナさん含めて、ほとんど面識のないお姉さん方に囲まれて飲むなんて今までは全く考えられなかったけど、みんなの話を聞いてるだけど面白かった。
みんなそれぞれ主張が強くて、男の好みも違うし、価値観も違うみたいだけど、未だに親友として関係が続いているのには、何か共通して引き付けあうものを持っているからなんだろうなと思った。
僕なりに感じた共通点は、みんな自然体で何でも話せる仲で、主張がぶつかり合う事はかなりたくさんあったけど、それをみんなで分かり合おうっていう努力があったって事。
共通する趣味とか価値観とかはもちろん必要だけど、もっと必要なのは、こういった、お互いに相手を理解しようとする努力なんじゃないかと思った。
ミナさんは、おばさんから、僕がアメリカ留学を計画しているという話を聞いていたようで、最初、「何をそんな甘い事言ってるんだ」って感じで話してきたけど、僕が、アメリカ留学の失敗談なども知った上で、今かなり細かく計画をしていて、いろんな障害を乗り越えて成功させるんだっていう意気込みを感じてくれたようで、「いきなよ!」、「遊び行くから!」と連呼し始めて、最後にはすごく応援してくれる側に回ってくれた。
ミナさんは独身だけど、テツコさんとイチさんはもう大学生くらいの子供がいて、1月にはイチさんの息子の子供が産まれるとの事だった・・・(40台前半でおばあちゃんになるらしい・・・汗)
話を聞く限りでは、みんな、それぞれかなりの修羅場をくぐってきたようで、いろいろと悟った事があるようで、一つ一つの話にすごく重みがあった。
特に、3人ともすでにそれぞれ片親(両親)を亡くしていて、亡くしてから親への感謝の気持ちとか孝行すべき事があった事への後悔の気持ちに気づいたとの事だった。
やはり、誰でも、遅かれ早かれ、いつかは親への感謝の気持ちに必ず行き着くんだなと思った。
僕は、というコラムに書いたように、まだ完全とはいえないかもしれないけど、母親にはすごく感謝の気持ちを持っている。
僕の場合、親への感謝の気持ちを持ったのは、他人と比べる事をやめて、僕は僕でいいんだって思ってからからかな。
多分、僕が家庭を持った時に、その感謝の気持ちは完全になるんじゃないかな。
親や兄弟とは血で繋がっていて、それは切っても切れないものだけど、夫婦の関係は、所詮、他人通しだから、それを繋ぎとめておくのは、思いやりやお互いに協調して行こうとする気持ちだけど、それは結局、すべて、「愛」なんだよねっていう話もあった。
身近にいる人間で、「愛」っていう単語を僕に対して使った人はいままでいなかったと思う。
それだけに、僕にとって、涙が出るほどこの話はすっごく重かった・・・
その他、テツコさんちは元々地主の資産家で、姉が財産を継ぐと思ってたのに、姉は継がずに、突然の父親の死から、何も知らない状態で財産を継ぐ事になって、すっごく苦労したらしい・・・
土地はあるけど、固定資産税やらなにやらを払うので精一杯で結局金はない、という感じらしくて、恐らくうちもそんな感じなんだろうけど、そうなると、当然贅沢は出来ないし、土地を売るにしても、その事について、回りにうるさい親類などがいて、自分の代では意地でもお金を貯めながら現状を維持しなければならないという話をしていた。
くはぁ、、、財産あってもやっぱメリットばっかじゃないじゃんとか思った・・・
こんな面倒くさい事になるんなら、やっぱ長男だからって家を継ぎたくないなと思った・・・
でも、おばさんにも、ミナさんにも、みんなから、ちゃんと考えなきゃダメだよと言われてしまい、今後、避けては通れない話なので、今後、真剣に考えていかなきゃいけないことだと痛感した・・・
イチさんは、僕に向かって、「ミナは不器用だけどすごくいいやつなんだよ」って言ってくれた。
何か、全く面識のなかった人に、従姉妹の事をいいやつなんだよって紹介されるのってかなり変な感じだなと正直思った・・・
でも、そんな事より、みんなとすごく仲良くなれてよかった。
結局、深夜1時過ぎまでずっと話してお開きになった。
僕もまたみんなと飲みたいなと思ったし、みんなも、「また私等と遊んでやってね」って言ってくれたし、またの再開が実現したら良いなと思った。