東北の被災地を巡ってみて再確認したこと

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3.11の日、僕はまだアメリカにいた。

ツイッターに流れるツイートを見ながら、その日、東日本で起こっていたことがただ事ではないとは感じていた。
でも、対岸の火事とは言わないまでも、どうしてもリアルな出来事とは思えなかった。
遠くの安全な場所にいて、日本のみんなと同じように危機感も抱けなかったし、絆も深められなかったと感じていた。

帰国後、僕は、これまでに2回、東北を訪れている。
一度目は、去年のGW。帰国してすぐでお金も無かったので、片道3日かけて自転車で石巻手前まで往復した。
二度目は、今年のお盆休み。5linksの折りたたみ自転車を電車に乗せて、青春18切符を駆使して東北を巡った。
震災直後のことは良く知らないけど、震災から1年、2年と経った現地の様子を見て、いろいろと感じることがあった。

被災地を巡ってみて、これだけ時間が経っても驚くほど復興は進んでいないと感じた。
瓦礫はほとんどなくなり、震災の爪痕は排除され、見た目は平穏さを取り戻したかに見える。

だけど、表面的なものに囚われ過ぎて、本体となる被災地の人々の生活や心の復興は置き去りにされている。
明らかに、まだまだやるべきことは山積みだと感じた。

でも、僕はただ現地に行ってみただけで、ボランティアしたりしてきた訳ではない。
具体的に役にたてればいいなとは思うけど、それが出来ないからといって必ずしも自分を責めたり落ち込んだりはしない。

僕が、自分の無力感に初めてプチ絶望したのが、2002年から始まったスーダン政府によるダルフール地方の人々の虐殺で、国連の平和維持軍がスーダン政府から国外への退去勧告を受けて、いよいよ国際社会から見捨てられ、虐殺がさらにエスカレートしそうだった2006年の今ごろ。
僕は、それまで、現代の世界で未だにそんなにあからさまで血なまぐさく悲惨なことが起こっているなんて夢にも思っていなかった。

そのことを知った時、僕はこんな日記を書いた。

僕たちに出来ること
https://bokudeki.me/essay/realization/633

この日記で僕はこう書いた。

「今、僕がスーダンのダルフール地方に行っても、
何も出来ずに殺されるだけでしょう。

今、僕が現場から遠く離れたこの安全な場所で
声を上げたとしても、立ち上がってくれるのは
ほんの数人でしょう。

同じ危機感を持った人が数人集まったとしても、
何から始めていいのかさえ分からず、
路頭に迷うことしか出来ないでしょう・・・

でも、その前に、今の僕に、
すぐに行動に移せるような勇気も危機感もないのです・・・

一番信じられないことは、
こんなにもふがいない自分のことを、
悔しいとも悲しいとも思えないこと・・・」

アフリカでは、そう遠くない過去、さらに悲惨といえる80万人が亡くなったと言われるルワンダの大虐殺が行われた。
そして、今この瞬間にも、シリアで同様の悲惨な虐殺劇が起こってしまっている。

こういった世界各地で起こる紛争に限らず、世界にはとても僕の手には負えない出来事で溢れている。
僕が一人行ったところで、その中の一つでさえ状況を変えられるか分からない。。。

でも、自分の無力感に向き合い、少しでも絶望を経験した甲斐あって、遠くで悲惨な出来事が起こったとして、実際に助けに行けなくても、めげずに一つのことを着実に進めることが出来るようになった。

それは、自分の足下から、自分の地域で人材を育て、コミュニティを強化する活動すること。それこそが、現場に行ってもあまりにも無力な自分に出来る一番の貢献だと思っている。

現地に行けなかったり、現地でボランティアが出来ないと言って、必ずしも後ろめたさや罪悪感を感じる必要はないと思う。
自分の足下からコミュニティを強化し、被災地への負担を軽減出来れば、それも具体的な貢献。
それに、自分のコミュニティから、悲惨なことが起こっている世界の各地へ行って活躍出来る人物を輩出できれば、それもかけがえのない貢献になる。

そうやって、立ちすくんで無気力になっている人が前を向いて足下から行動するようになれば、きっと、被災地でも体感出来るような変化が必ず起こっているはず。