ママチャリ日本のママチャリ文化っていうものを議論してみたい。日本の自転車利用者が多いのは、間違いなくママチャリのおかげだと思う。高齢者の移動手段や健康維持という意味でも、大活躍だ。だけど、そのママチャリの文化がネックとなって、サイクリストのための環境が一行に良くならないのでは?と思う。

日本では、自転車利用者数の割には、道路でのサイクリストの存在感は弱い。それは、ママチャリ文化というのが原因の一つだと思う。ママチャリだと、自転車への愛着が弱く、車道を走るような設計にはなっていない。

ママチャリは1万円ほどで買える経済的な移動手段だけど、それがネックになって、日本では、自転車を移動のための消耗品としてしか見なしていない。その為、自転車への愛着が弱く、サイクリストとしてのプライドも育たない。結果的に、道路における存在感が弱く、市民権がいつまでたっても得られない。

アメリカのポートランドでは、日本ほど自転車利用者はいないけど、サイクリストの道路における存在感は極めて高い。環境整備も進み、ドライバーが認知したことによる事故の軽減などが起こっている。

それは、自転車に対する愛着の問題でもあると思った。当然、ポートランドではママチャリは売っておらず、自転車屋に行っても3万円以下のものを見つけるのは難しかった。それだけで、彼らにとっては、自転車は消耗品にはならない理由となっている。

ポートランドのサイクリストは、日本人ほど自転車に実用性を求めないけど、実用性の他に、スポーツとカジュアル性をバランスよく求め、自転車を利用している。その為、自分の自転車への愛着や、サイクリストとしてのプライドが高い。

ママチャリのもう一つの問題点は、今の日本の道路事情では、とても車道を走れないということ。ママチャリは、恐らく、歩道を走ることを前提に設計されている。そのため、どんなにママチャリ利用者がいても、車道での存在感は発揮されない。

僕が思うに、ママチャリ文化が本当に活きてくるのは、サイクリストの環境が整備されてからだと思う。歩道と分離して、ママチャリくらいのスピードで安全に走れる環境が出来ていることが前提。

そういった環境が整備されるまでは、ママチャリ文化を続けるのはマイナス影響でしかないと思う。全員とは言わないけど、ママチャリから脱却して、スポーツ自転車に乗って車道を堂々と走行する人を増やす必要がある。道路上で市民権を得るには、車道で存在感を示すしかない。

一度、道路上でサイクリストの存在感が認められれば、時間はかかるかもしれないけど、ドライバーの認識することにより、事故は減っていく。それに、車道のスペースを再配分する議論に発展せずにはいられなくなる。そうしてサイクリストの権利と道路環境がされたときに、はじめて、ママチャリの文化が活きてくるのだと思う。