※不適切な表現がありましたので、表現を削除・修正してあります。

僕は、今、70過ぎのおばさん(父方の)の家に住まわせてもらっていて、良く戦後の日本の教育について議論したりします。

おばさんは、戦後の日本の、欧米をモデルにしようと試みた個人主義の教育は明らかに間違いだったと指摘します。

「個人が大事、個人が大事」と叫ばれて、今、日本の若者に何が起こっているのかを、僕も良く考えます。

もちろん、言うまでもなく、「個人は大事」です。

ですが、「個人が大事」という事に関して、日本と欧米には、決定的な違いがあると思うんです。

それは、「若者達の生活環境」の違いです・・・

日本には、精神的に未熟なうちにでも、物理的に独立出来てしまう余地があり過ぎますよね。

少子化しているにも関わらず、相変わらずすごい勢いで高層マンションやアパートが立ち並び、ちっちゃい頃から部屋を独り占め出来るし、一人で独立して暮らす環境は、世界で一番完備されているんではないでしょうか?

まだ精神的に未熟なうちに独立したがる人も多いと思うし、その子供の親も、自分の子供を一人暮らしさせるのに、そこまで抵抗はないですよね。

で、欧米はというと、「個人が大事」だと言っても、家を離れるにしても、ルームメイトを募集して知らない人とルームシェアをしたり、何人かと共同生活をして暮らすのが一般的なようです。

最近すごく思うんですが、この差は恐ろしいほどに大きいと思いませんか???

マイミクの方ではないんですが、トビィさんという方の日記で、オウム真理教に関する日記を読みました。

オウム真理教を考える
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=220963826&owner_id=3300017

オウムの持つこの「閉鎖性」は、日本社会に潜んでいる「閉鎖性」をそのまま反映されているのではないか?ということです。

僕も全くその通りだと思います。

思わずトビィさんの日記にコメントしてしまったことなんですが、それがどうして無くならないかというのは、その日記のコメントに良く現れているなと思いました。

一つは、日本人の多くが、宗教というものを一くくりにしか考えられずに、個々の宗教の本質を見極めようとしないこと。宗教に限らず言えることだと思いますが、平気でこんなことが言えてしまうこの日本人の無意識の閉鎖性は相当に根が深いと思います。。。(ちなみに、学会が他の宗派などに対して厳しく接しているのにはもっと高い次元で深い理由があります。これについてはそのうち書こうと思います)

二つ目は、このトビィさんの日記で問題視されているのは「日本社会」であり、「僕等日本人一人一人」にあるにも関わらず、こういったことに対して、都合の良いように自分は関係ないと、平気で自分を切り離せてしまうこと。

そういった人たちが、「閉鎖的な空間を作ることに加担してしまっている」ということに気付かない限り、問題は解決しないと思います。

この宇宙に、自分に関係のないものなんてない。
自分に関係ないこともない。
言うまでも無く、自分に関係のない人なんていない。

この宇宙で起こったすべての出来事と結果は、突き詰めていけば、必ず自分に行き着きます。

これは「観念」ではなくて「道理」なんですが、こう考えることによって、どんなメリットがあるかというと、、、

単純に、「不貞腐れること」が無くなるんです。

わざわざ人のせいにする必要も無くなって、自分の責任感から、素早く立ち上がって次の一手に取り掛かることが出来ます。

また、これはほんのおまけですが、このトビィさんの日記は他と一線を画してまじめなような風にコメントされているようなあ気がするんですが、このトビィさんの日記は、まじめでも何でもなく、ごく一般的で自然な日記だと僕は思うんです。

例えば、日本の大学で、他の学生と一線を画して勤勉な学生がいたとしたら、周りは、「まじめだね!」って口では言いながら、「何でそんなに頑張るの??」っていう風に腹では思っていたりするでしょう。。。
そういう風潮があれば、「何で自分はこんなに頑張っているんだろう?」って自問し始めて、一線を超えることをためらうようになってしまう・・・
これはおかしなことだと思いませんか???

僕も世界のレベルは知らないけど、明らかに、日本ですごく頑張っている日本人は、世界レベルで見たら、平均的に頑張っている人に過ぎないくらいだと思います・・・

ちょっと話が脱線しましたが、戦後の日本の個人主義は、若者の物理的な「独立」を支援し、結果的に多くの若者達を「孤立」させる結果となってしまって、若者達の精神や人格の形成を育む場所を著しく減らしてしまったのではないでしょうか。。。

日本には、何かの組織やコミュニティなどに属さない独立した人間が美化される風潮がありますが、そういった突出した人間ばかりが大事なのではないと思うのです。

「世間と足並みを揃えたくない」と思っていながら、「一線は超えたくない」とも思ってしまっている人も沢山いるように感じます。

これって、何ともわがままで、滑稽としか言えない状況だと思いませんか???

「個人が大事」っていうのはそういうことではなくて、例外なく「みんなが大事」という意味ではないでしょうか?

「格差を作る」のではなく、「底上げをする」のが重要だと思います。

それには、より大きな単位で結束して組織された共同体が不可欠だと僕は思います。

もちろん、「世界規模」で共同体を組織出来ればそれに越したことはないのですが、日本の現状を考えると、まずは「家族」の単位から始めるしかないかなと思います。

あまりまとまって無いかもしれませんが、是非ともみなさんのご意見をお聞かせ下さい。