べてるの家の恋愛大研究。の巻
http://www.magazine9.jp/karin/101027/

まだこの本を読んだわけじゃないけど、この雨宮処凛さんのレビューですっごく読んでみたいと思った。

とにかく、北海道・浦河の「べてるの家」の取り組みは型破りだ。
たとえば、毎年開催される「べてるまつり」では、自らが体験した幻覚や妄想のユニークさを競って表彰されたり、妊娠→駆け落ち→出産→パチンコ三昧という状況になっても、「ベストカップル」として表彰されたり…

変わってたり極端であればいいという訳ではなく、実はこれこそが本当の意味で人間くさいのではないかと思ってきた。
はっきりいって、今、アメリカの大学で学んでいる共同体開発の内容より、べてるの家の取り組みには共同体としてのコアの部分が詰まっているような気がする。

この本にはこう書いてあるそうです。

「当たり前に恋をし、普通に家庭をもち、順調に子育てに困難を感じたら、正々堂々とSOSを発し、ときには児童相談所も活用して、子育ての苦労を”地域の苦労”に変えていくという伝統がはじまったのは、山崎薫さんの功績が大なのです」

すごく、僕の理想のコミュニティ像と重なりました。

都会では、「迷惑だ」とか「プライバシーの侵害だ」とかで、物理的にも精神的にも入り込みにくい領域が大きいけど、それはそれで、コミュニティの機能を台無しにして、自ら自分の首を締めているようなものだと思う。

個人的には、迷惑とか価値観の違いから日常的に生じる人々の衝突は、とっても有意義だと思っている。
昨日、ちょうどTwitterでこうつぶやいた。

「衝突は衝突でも、人々の間で、「有意義で価値的で必要不可欠な衝突」って有り得ると思う。日常的で人々の間で自然に起こる衝突の積み重ねが、「戦争」という巨大な衝突を未然に防ぐ原因になることもあるかも。」

雨宮処凛さんのブログで、『健全な「迷惑のかけ合い方」の実践』とあるけど、これこそがコミュニティが機能するようになる原動力なのかもしれない。