オーダーメイド

「商品の中に知識や情報の量を多くすれば、資源やエネルギーを削減できる。」

先月参加した持続可能な国づくりの会というNPOのシンポジウムにパネリストとして参加した神野 直彦東大教授が語っていたことです。

ほんとその通りだと思いました。

地球環境の現状を考えると、これからは、この流れの延長で、一人一人がそれぞれの分野の専門家や学者、技術者となり、個々のケースで商品やソリューションを売る時代にならなければおかしいとさえ思います。

「必要なモノを必要なだけ」という前提の下。
「オーダーメイド」という感覚で。

恐らく、これって、江戸時代とかにあった状態ではないかなと思うんですよね。
それも、人々が必ずしもお金に執着せずに、ボランティア精神が根底にありつつ。
新渡戸稲造の「武士道」をちょっと思い浮かべました。

では、現状ではどうでしょうか?

ITの高度化で高度な情報化社会が実現され、ある程度その流れが垣間見れてはいるけど、現状では、バカの一つ覚えみたいに、モノを大量生産して、それをそれほど必要としていない消費者に如何にして買わせるかに血眼になっている生産者が依然として多いですよね。

マイミクのたきゃおさんが紹介してくれた下記のYoutubeを見ると、国家ぐるみで行われているその破壊的な資本主義構造が良く分かるような気がします。

これはアメリカのことを言っていますが、日本でも似たような状況だと思います。

「本当は要らないモノを、どうやって人々に買わせるか」に躍起になっている。

オーダーメイドとは全く逆の考え方ですよね。

こういった、「地球は開放系である」という新自由主義社会では、以前日記に書いたように、人々は、人間である事を放棄し、機械のようになることを要求されます。(これは神野先生の「人間回復の経済学」という本を元に書いた日記です)

経済人である前に『人間』であれ!

経済人である前に『人間』であれ!

こんな社会では間違いなく人間は育たないですよね。

いざ、地球の資源やエネルギーがいよいよ枯渇し、モノが生産するのが困難になったらどうなると思いますか?

日本では実感しにくいかもしれないけど、実は、毎年、地球の資源で1年間に使える量を超えて僕等は資源を使い続けています。

しかも、年々、その限界を超える時期が早まっているそうです。(去年は10月中だったような気がします)

エネルギー消費量の需要の増大は言うまでもないですね。

地球は紛れもなく「閉鎖系」の世界なので、いずれは、資源もエネルギーも確保するのが困難な時代が来ます。

ただ手順書に従って機械的にモノを大量に生産していただけの人が、限られた資源とエネルギーを駆使して、個々のお客のニーズに合った商品を作る創造性を持てるはずが無いですよね。

そう考えると、現状では、日本も例外ではなく、極めて人間の可能性を限定させるような、一人一人の稼働率が極めて悪い社会構造になってしまっています。

この稼働率次第で、人口たった900万人の緑の福祉国家であるスウェーデンに、日本は経済力でも負けてしまっています。

地球環境の為にも、人間性の回復の為にも、一刻も早く、大量生産ー大量消費-大量廃棄という構造を、限られた資源とエネルギーで知識や情報、技術を詰め込んだオーダーメイドの商品を必要なだけ生産出来る社会にシフトさせていかなければならないと思います。