パロネラパークを後にし、僕らは、来た道をレンタカーで戻り始めた。
辺りは真っ暗で、しかも街灯もほとんどなかったので、常にハイビームにしていないと、道を外して農場に突入しそうだった・・・汗

ケアンズ市内から宿泊場所までの帰り方が分からず、迷いながらも何とか一旦帰宅し、軽く腹ごしらえした後、みんなで夜のケアンズ市内へ向かった。

みんなのパワーに押されて、ケアンズ市内のクラブに行ったのだ。
日本でもクラブなんてろくに行ったことないのに大丈夫かな?なんてちょっと身構えてお店に入った。

お店の中は広く、ちゃんと区画があり、テーブルと椅子がしっかり据え付けられていて、僕の中であんまクラブっていうイメージではなかったけど、そこでは話もろくに出来ない程に大音量の音楽が流れていた。
それも、流れている音楽が超ノリノリで、話が出来ないなら踊りてぇなぁなんて思いながら、みんなでビールをがぶがぶ飲んでいた。(ビールのみ。笑)

なんだか僕は、リズムがあれば、体が勝手に動いちゃうみたいだ。
リズムが正確じゃなくてものれる!
だから、ライブハウスとかで、バンドの演奏を微動だにせずに聞いている人とか、僕には信じられなかったりする・・・

やがて、お店の中のちょっとしたスペースで踊り始める人が出始めた。
あんまりカッコ良いものではないなぁと思った。

僕の偏見でしかないかもしれないけど、日本のクラブとかライブハウスなんかの空間って、服装とかダンスの仕方とか、何かしら暗黙のルールがあって、それを知らなければ入り難いような雰囲気がある気がする。。。

極端な例を出すと、昔、僕がいたニュースクール・ハードコアという音楽シーンは、僕にとっては極端な格好でオシャレして(当時は僕も僕なりにオシャレに気を遣っていたけど・・・)、観客の一部は、バンドの演奏中に、真中のスペースを無理矢理空けさせて、交互に腕をぶん回したり、回し蹴りをしたりの極めてバイオレンスなパフォーマンスを展開する。

そのパフォーマンスにはある程度形があって、家で相当練習してくるのだろうけど、それは、関心してしまうほど、スピーディでシャープでパワフルに展開する。

でも、僕には、それが人間が自然に出せる動きにはとても見えなかった。
覚えたものをただ披露する場だったのかな?
確かに目立つし、達成感や優越感は感じられるかもしれないけど、本当に心の底から楽しんでいるようには僕には見えなかった。

それとは対照的に、僕の行ったオーストラリアのクラブでは、普通のラフな格好で、みんなバラバラのとてもカッコ良いとはいえないダンスをしていた。

だけど、僕には、みんながすっごく楽しそうに見えた!
こういった場で本当に心から楽しむには、やはり、自分の内から出てくる感覚に身を任せるというのが絶対条件なんだと思った。

僕も、ダンスの仕方なんて全く知らなかったけど、クリカニスト流ダンスで超ノリノリで、このダサさも考慮して一番しっくりくる言葉は、『超ゴキゲンだぜ!』だった!

いつしか、お店の中全体が、床が抜けそうな程に盛り上がっていた。
みんながみんなノリノリだった。
店中が一体化していた。

テーブルの上は隙間が無いほどダンサー達で埋め尽くされ、視界から消えた僕のメガネは、ダンサー達に踏み潰されて無残な姿になってしまっているのではないかとすごく心配になっていたほどだった・・・(Hさんが危険を感じて回収してくれていたのだが・・・)

そこには、友達のグループとか人種がどうとか、極めて小さなことだった。

ほんといろんな人と、もちろん言葉を通じて話したし、何よりダンスを通して心で繋がっていた。

いつしか、テーブルの上のオーストラリア人たちに、テーブル上のステージに引き上げられていた・・・汗

恥ずかしがっている場合じゃなかった。
踊って楽しんだもん勝ちだと思った。

そこは、紛れも無く、誰もが参加できる空間だった。
形式やルールなんて無くて、ただ流れている音楽に合わせて自分なりに踊るだけ。

もちろん、踊りたくなければ踊らなくても良いんだけど、この空間に入ると、さすがに誰でも体が勝手に動いちゃうんじゃないかと思う。
シニカル(冷笑的)な視線を向ける人は誰一人としていなかった。

もう一度言うけど、何しろ踊って楽しんだもん勝ちだった。

頭で考えるのではなくて、リズムに身を任せること・・・

すごく大事なことだと痛感した。

深夜遅くクラブを出て、飲酒運転(?)で、宿泊場所のバックパッカーズ・ホステルまで帰った。

本気で疲れていたらしく、シャワーも浴びずに泥のように眠りについて、長い長いオーストラリア1日目は終了したのだった。