例えば、僕は、自分で歌がうまいと思っている。こんなこと言うと、一部の人はすごい勢いで「うぬぼれんな」とか「勘違いするな」と抗議するかもしれない。 

この場合、僕の歌がうまいかどうかは関係なくて、思うに、実際に体験してみる前に推測の域で抗議するのもどうかと思うんだ。本当は、実際に聞いてみるまで何とも言えないはずなんだ。 

こういう見えない圧力により、言葉を封じられている人が沢山いると感じる。僕も、そんな息苦しさを感じる一人。暗黙のうちに封じられている言葉は沢山ある。 

ポートランドは、いい意味で、変な人や空気が読めない人に居場所のある社会だと思う。例えば、歌が下手くそなのにうまいと思っている人が普通に路上ライブとかしても、周りの人はあんま気にしないというか、とてもそういう人たちに寛容な社会。 

変な人や空気が読めない人に居場所のある社会って、人々がそういう人たちに無関心なだけなのかもしれないけど、少なくとも、妬みや気分でそういう人たちに圧力をかけることはない。 

日本の社会のそういった圧力が何に由来しているのか分からないけど、明らかに一部の人たちの言葉や居場所を奪っている。