祈り――それは、あきらめない勇気だ。

自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。

“現状は変えられる! 必ず!”

確信を命の底に刻み込む作業だ。

祈り――それは恐怖の破壊なのだ。

悲哀の追放なのだ。

希望の点火なのだ。

運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。

自らを信じよ! 卑下するなかれ!

卑下は仏法への違背だ。胸中の仏界への冒涜だからだ。

祈り――それは我が生命のギアを大宇宙の回転に噛み合わせる挑戦だ。

宇宙に包まれていた自分が、宇宙を包み返し、全宇宙を味方にして、

幸福へ幸福へと回転し始める逆転のドラマなのだ。

人間は人間――その人間の可能性の扉を

次から次へと開いていく《鍵》(キー)が祈りなのである。

【「我がふるさとは世界」第26回 聖教新聞 2004-10-10付】

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アメリカ旅行に行った時に電話で話したオレゴン州の男子部長から教えてもらった池田SGI会長の言葉です。

以前、僕なりに、仏法の祈りである南無妙法蓮華経という「お題目」について日記に書きました。

お題目について Part 1
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=131003503&owner_id=2247284

実は、Part 2もあったんですが、この池田会長の言葉で十分だと思いました。