今年7月から始めた、地域限定の市民参加型メディア「平塚市民プレス」(http://hcp.main.jp/)は、革新的なアイデアという訳じゃないけど、今までオンラインメディア界で死角だった位置を埋めるものではあると思う。ポイントは、「編集者がいない」ということと「地域限定」ということ。
二次関数の軸を「信頼性」と「参加の敷居の低さ」とすると、主なオンラインメディア(SNS含む)と、市民プレスの立ち位置は以下の図のようになるんじゃないかと思う。

まず、第一グループは、信頼性重視で市民の参加をほぼ閉ざしているメディア。ダイヤモンド・オンラインや、日経ビジネスオンラインなど、従来の固定されたプロの記者集団を擁する大手ニュースメディアがこのグループに所属する。特徴は、編集部がしっかりしており、記事を書くのはプロの記者に固定することにより、信頼性を確保しているが、市民の参加のハードルは極めて高い。
次のグループは、第一グループとは真逆で、市民の参加度は極めて高いが、信頼性に欠けるメディア。ツイッターfacebookなどのソーシャルメディアがこの場合にあたる。特徴は、個人個人がほぼ無制限に情報を発信出来るため、有用な情報も埋もれてしまったり、参加者同士のトラブルが絶えないが、一般市民のメディア参加の道を切り開いた功績は大きい。
第三のグループは、現在主流(?)のBLOGOSアゴラなどのタイプの市民メディア。特徴は、記者参加が市民に開かれているが、編集部がしっかりしていることにより、ある程度の信頼性を確保していること。こちらのタイプの市民メディアは、どちらかというと、市民の参加度より信頼性の確保に重点を置いている。
最後のグループは、韓国のオーマイニュースから始まったJanJan Blogなどの一昔前のタイプの市民メディア。平塚市民プレスもこのグループに入ると思う。特徴は、編集部がほぼないので信頼性がそれほど確保出来ない代わりに、市民の参加のハードルをぐっと下げることに重点を置く市民メディア。
 
上記の最後の2つは、タイプは違えど「市民メディア」と呼ばれる。この2つの違いは、「編集部を置くかどうか」の違いが大きい。「編集部の有無」の違いなだけで、市民メディアと言えど、発展の仕方が大きく変わる。
編集部を置く場合、編集部が市民からの記事を選考するので、知名度や信頼性のある人や、市民の中でも実力のある人の記事が採用される傾向が色濃くある。逆に、編集部を置かない場合は、ある意味放置状態なので、有名無名や実力の有無に関わらず、声が大きい人の記事が載ることになる。どちらも一長一短だ。
歴史的には、オーマイニュースやJanJanなどの従来の市民メディアの多くが経営難により閉鎖に追い込まれた。その教訓を踏まえてか、現在は、もう一つのタイプの「編集部を置く市民メディア」が主流になっている。この発展の仕方は、オンラインメディア界の死角を埋めるためのある意味必然的な流れだったと思う。
しかし、オンラインメディア界には、まだまだ死角があると筆者は思っている。それが、平塚市民プレスの立ち位置だ。
 
オーマイニュースなどの従来のタイプの市民メディアと市民プレスの決定的な違いは、「地域限定か否か」ということ。(「ビジネスかボランティアか」という違いも決定的だが…)
筆者が想像するに、編集部を置かずに市民が自由に記事を投稿出来るようにする場合、「全国」という巨大すぎる規模ではあまりにも無謀過ぎると思う。ほとんど抑止力が効かないまま、荒れに荒れて人々が寄り付かなくなるのは目に見えている。オーマニュースなど従来の市民メディアの失敗の原因は他にもいろいろあると思うけど、従来の方法では健全な運営が困難なことは決定的だ。
市民プレスでは、「編集部を置かない」という状態をキープしつつ、健全な運営を実現するために、新たな抑止力として、「実名登録」に加えて、自治体単位の「地域限定」という手段をとった。これは「物理的に会う可能性」という抑止力のこと。
この場合、ネット上とはいえ、完全に顔が見えない関係ではない。同じまちの市民ということで、「匿名性」と「一生会わない」という状況を隠れ蓑にした無責任な内容の記事は大きく低減出来るはず。これは、現在主流のBlogosなどの市民メディアが選択しなかったもう一つの抑止力の考え方(死角)だと考えている。
 
冒頭で筆者は、「(平塚市民プレスは)革新的なアイデアという訳じゃない」と言った。それは、何かを別次元の発想で生み出した訳ではなく、ただ存在した死角を埋めただけに過ぎないから。市民プレスが立ち上がったと言って、他のタイプのオンラインメディアが必要なくなる訳では全くない。どれが優れているかという問題ではなく、どれも必要であり、要は役割分担の問題に過ぎない。
しかし、市民プレスが現状の死角を埋め、新たな役割に気づいた功績はそれなりに重要だと考えている。平塚市民プレスは、地域限定の弱小市民メディアとはいえ、「茅ヶ崎市民プレス」や「大磯町民プレス」など、他の自治体にも飛び火する可能性を秘めている。この流れが決定的になれば、決して無視出来ない勢力になるはず。
今の時点では、第一弾の平塚市民プレスも盛り上がっているとは言えず、まだアイデアとか構想の段階でしかないけど、筆者のプロモーション活動などを通して、積極的に市民記者としての活動家が増えたり、他自治体でも市民プレスを始める人が増えることを願っている。