2011年11月16日、オキュパイ•ポートランドは、昨晩の警察による掃討作戦により、現在閉鎖されている。警察は昨晩の深夜12時までの立ち退きを要求していた。これに対して、数千人の抗議者が集まり抗議活動を実施。結果的に、50人以上が逮捕され、平和的な抗議活動だったにも関わらず、深刻な怪我人が出た。これに対し、抗議者側は警察への抗議をしている。 

ほとんどの警官隊が去った後、すぐに抗議者たちも去ってしまい、警官隊が朝9時30分ころに掃討作戦の続きを実施した時にはキャンプサイトは既に手薄で、尚もそこに居座ろうとする抗議者は逮捕され、キャンプサイトは一掃されてしまった。現在は、警察の監視下の下、完全に封鎖されている。 

これが写真集。RT @Oregonian: Photo Essay: #OccupyPortland deadline comes and goes as thousands gather in downtown #pdx: http://ORne.ws/soGM4r 

あのオキュパイ•ポートランドのキャンプサイトがもう見れなくなると思うとすごく悲しい。あれは一種の芸術だと思っていた。どれだけの想いが込められていた場所だったのだろう?他に、そんなに想いが込められた場所があるだろうか? 

この映像は大迫力!昨晩深夜過ぎに起こった、数千人のプロテスターと、ポートランド都市圏から結集した警察の衝突。http://ow.ly/7tGzt 

ポートランドで、Un-Occupy Portlandというグループが現れた。このブループは、ポートランドでのオキュパイ運動の趣旨には賛同するけど、やり方に反対する団体。オキュパイ運動の抵抗活動により、一般市民が多大な迷惑を被っていると。 

ここからは、個人的な日記。 

確かに、キャンプサイトの一掃やその後の警察との衝突で警官たちの残業がかさみ、結果的に市民は税金で損することになる。それに、橋の上での座り込みやダウンタウンの中心部でのデモ活動などで、交通機関が乱れたりもして、実際にイライラしている市民は沢山いると思う。 

なかなか難しいところだ。確かに、他人の迷惑を最小限に抑えて空気を読みながら活動すべきだ。だけど、他の市民の迷惑を考えながら抗議活動をするとしたら、それほど影響力のある運動にはなりにくい。どちらの要求も満たすような代替案を思いつき実践しない限り、双方の溝は埋まらないだろう。 

実際、僕のルームメイトもUn-Occupy Portlandの人たちと同じ意見だ。ただ、問題意識はあるけど、「迷惑だ」というだけで代替案が無い。個人的には、抗議者たちが、他の市民に迷惑をかけても、連日、メディアを賑わせるだけでそれなりに効果があると思っている。 

社会変革には、妥当な代替案が無い限り、それ相応の痛みが伴うものだと思う。恐らく、これは誰もが理解し、覚悟をするべきことのはず。迷惑や不便を被りたくないなら、代替案を見つけるよう努力する。代替案が無いなら、迷惑や不便に耐えるしかない場面は出てくる。文句だけ言うのが一番無責任。 

正直言うと、僕が理想とする社会変革運動からすると、オキュパイ運動は大分外れる。でも、全否定はしない。個人的には、自分に都合が悪かったり、部分的に欠陥があるだけで、圧力をかけて押しつぶそうとはしない。 

彼らは彼らで、リスクを冒して行動し、社会に一定の影響を与えている。今の時点で社会にほとんど影響力の無い僕たちよりは、目的を遂行出来る可能性が高いということ。彼らの行動を止めたいなら、文句による圧力でではなく、代替案とリスクを冒す覚悟で示してほしい。