浅草での野宿生活者支援の活動が、近隣住民によって潰されようとしています。

「聖公会・渋谷給食活動グループ」による、渋谷近辺の野宿生活者への給食活動です。
僕は、今日この活動を知りましたが、とても素晴らしい活動だと思うし、野宿生活者の方々にとっては、文字通り命綱となる活動です。

この活動は、近隣住民から、野宿生活者が家の近くにいることに対しての「不安」から、「即時中止」要請が出されています。
僕は、この反応や対応についてすごく違和感を感じます。

元々、地球はみんなで平等に共有されるべきで、そこに勝手に陣取って家を建てて、しかもその周辺の公共のスペースまでどうこう言うとは何事かと思います。
僕は発想が飛躍しがちなんですが、むしろ、貴重な地球のスペースを個人所有で使わせてもらっているんだから、近隣住民が率先して、野宿生活者を家に招きいれてもいいくらいだと思うんです。

土地の個人所有化が進み公共のスペースが激減している日本と対象的に、ここポートランドは市民参加を元に公的に土地を買い戻し、今では50%以上の土地が公共のスペースとなっています。
そう考えると、その土地を尚も独り占めしたいのなら、それ相応の責任を果たすべきだと思うのです。

ポートランドにも、驚くほど沢山の路上生活者がいます。僕も、仏法者として、こういった方々に何か出来ないかと真剣に考えています。

マイミクのMatthewさんからの署名依頼を転載します。

—<以下、転送歓迎>---------------------------------------------—
皆さま

 私たち「聖公会・渋谷給食活動グループ」は、
日本聖公会東京教区の有志が中心となって、
渋谷近辺の野宿生活者への給食活動を、2004年12月から行っている団体です。

 同じ日本聖公会東京教区においては、「浅草聖ヨハネ教会日曜給食活動」が、
7年以上前から、毎日曜日の礼拝後に野宿生活者・生活困窮者にお弁当
(炊き込みご飯)を提供する活動を続けています。社会の状況悪化に伴い、
現在では多い時には約500人もの方々がこのお弁当を求めて教会に集まります。
 昨年12月、この活動に対して、近隣の方々から「即時中止」要請が出され、
12月21日に近隣の方々のご意見を伺う会が開かれました。
近隣の方々が即中止を求めている理由は、野宿生活者が家の近くにいることに
対しての「不安」です。活動が始まって以来7年以上の間、一度もトラブルは
起きていませんが「いつか何か起きるかもしれない」という不安があるのだそうで
す。
 今、浅草聖ヨハネ教会の方々は、近隣の方々の気持ちを受け止め理解しながら、
野宿生活者や生活困窮者の今日の命をつなぐものであるかも知れない「一食」を
自らの手で奪うことはできないという大きな悩みの中で活動を続けています。
近隣の方々の「不安」をなくすために、できる限りの改善をしながら、
3月中旬に予定されている近隣の方々との2回目の話し合いの準備を進めてぁ�ます。

 私たちのグループからも3人が実際にこの活動とミーティングに加わり、
浅草聖ヨハネ教会日曜給食活動の方々が、近隣の方々の思いを真摯に受け止めて
、現段階でできる限りの改善と努力を重ね続けている事実と、食を求めて集まる
約500人の困窮の様子をつぶさに見続けています。
そして検討した結果、やはり命の危険すら覚えながら生きなければならない方々の
一食を奪うことはできないという思いのもと、浅草聖ヨハネ教会日曜給食活動関係者
および浅草聖ヨハネ教会の近隣の皆さまに、以下の要望書を出したいと思います。
そしてその要望書は、私たち「聖公会・渋谷給食活動グループ」だけで出すのではな
く、
同じ思いを持つ個人・団体の方々と共同し、連名で出すことを望んでいます。

 要望書をお読みいただき、名前を連ねてくださる個人・団体の方は、
3月15日正午頃までに、以下の通りご連絡いただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

ご連絡いただきたい内容
 ・表記するお名前と読み方
   (団体・個人別、あいうえお順に掲載したいと思います)
 ・ご住所、電話番号、メールアドレス(これらは表記しません)
 ・何かメッセージがあればお願いいたします。
   
連絡先・お問い合わせ先
「聖公会・渋谷給食活動グループ」代表:楡原民佳(にれはらたみか)
   メールアドレス:ctamika@boreas.dti.ne.jp
   FAX:03-3760-7535

           2009年3月2日 聖公会・渋谷給食活動グループ

    ***** 以下、要望書 *****

浅草聖ヨハネ教会日曜給食活動の皆さま
浅草聖ヨハネ教会の近隣の皆さま

              要 望 書

 私たちの周りには、職と住まいを失った何千人もの野宿生活者や日々の生活
に困窮している方々がおり、その多くは日々の食べ物にも欠く状態にあります
。中には一日1食で暮らしている人もおり、その方々にとって、察�援者の配る1
食は一日の命をつなぐものです。このような状況の中、病死や餓死、凍死する
不安を持ちながら生きています。さらに、身を守る住まいもない野宿生活者た
ちには、暴力を受けたり、殺されるかも知れないという恐怖もつきまとっています。
 このように私たちの周りには、豊かな社会の中にありながら、
「明日は食べられないかも知れない」、「死んでしまうかもしれない」、
「襲われるかもしれない」という、「命」の危機を痛切に感じながら生きなければ
ならない方々がいるのです。これは、安心して身体を休めることのできる家があり、
今日の食事に事欠くことのない私たちには、到底想像することのできない不安、
恐怖、苦しみなのではないでしょうか。
 にもかかわらず、野宿生活者は、「いると不安」、「危険」なもの、時には
「何かするかもしれない」犯罪者のように見なされ、排除されることさえあります。
しかし、それらの認識は事実とは大きく異なるものです。野宿生活者たちは
不安、危険なものなのではなく、生活どころか命の保障もない上に、時には
偏見によって存在すら認められないという、社会の中で最も弱い立場に置かれて
いる人々です。
 私たちは、野宿生活者や生活困窮者が、不安や恐怖