どの宗教も、目的は幸せになることだと思うけど、何をもって幸せと考えるかは宗教によっても個人にとっても違うと思う。環境に依存する幸せと依存しない幸せとでは、根本的にゴールは違ったものになる。
例えば、苦悩とは無縁の天国のような環境に行きつくのが幸せなのか、それとも地獄のような環境でも幸せでいられる境涯にいきつくのが幸せなのか。
恐らく、普通に考えたら、多くの人は、最終的には苦悩とは無縁の天国のような環境に行きつきたいと思うだろう。多くの宗教が説く最終ゴールとは、そういう幸せの形なのだと思う。でも、少なくとも僕が信じる仏法は違う。釈迦や日蓮を含め、多くの行者が、環境的には全く逆の道を歩んだ。
釈迦も日蓮も、石を投げられ悪口を言われ、抑圧され、何度も殺されそうになった。そんな過酷な環境でも、変わらず彼らは幸せだったんだと思う。僕が目指すのはこの生命の境涯なんだ。だから、苦悩とは無縁の天国なようなところを目指そうとは思わない。
入信すれば、ほとんど努力せずに幸せになれるなんて、ただの胡散臭いだけの宗教だと思う。「最終地点まで到達すれば、苦悩とは無縁の世界にいける」なんていう宗教も胡散臭い。
僕が仏法を紹介するとしたら、「実践するにつれて苦悩は倍増し、場合によっては地獄のような苦悩が待っているけど、環境に依存しない本当の幸せを掴める」と紹介する。僕は、もうちょっとソフトに言われたけど、その通りの道を歩んでいる。