この映画は、”日本軍山西省残留問題”の真相を解明しようと孤軍奮闘する姿を追った世界初のドキュメンタリー映画です。

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横浜での公開初日に、横浜のシネマ・ジャック&ベティという場所で、この映画のキーパーソンの奥村さんと池谷監督が舞台挨拶するということで、迷っている暇もなく、足を運びました。
多数の立ち見客が出るほどの盛況振りで、僕はかろうじて一番前の席に座れました。
なので、舞台挨拶も間近で見ることが出来ました。

お客さんのほとんどが高齢の方で、僕くらいの年の人はすごく少なかったです。
僕も朝日新聞にこの映画の記事が載っていなかったら知らなかったでしょうね。。。
そういった意味だと、新聞ってやっぱ大事なんだと思います。

第二次世界大戦終結直後、中国には100万人の日本兵がいたといわれています。
そのうち、軍司令部と中国国民党系の軍閥との密約で、そのうちの1万人が残留することになっていたそうです。
この動きを不審に感じた人たちの尽力などもあって、この計画は無くなったと思いきや、兵士を山に隠したり、逆にいろいろ手を尽くされて、結局、2600人もの日本兵が残留することになってしまったそうです。

「私たちは帰りたかった」
「でも命令だから残った」

彼らはそう訴えています。

そして今、戦後の4年間を中国に残って共産党軍と戦った日本兵2600人のドラマが日本の歴史から消されようとしています・・・
国は「自らの意志で残り、勝手に戦争を続けた」とみなし、元残留兵らが求める戦後補償を拒み続けています。
おまけに、長い抑留生活を経て帰国した彼らを待っていたのは逃亡兵の扱いだったそうです。
さらに、山西省に残されていた当時の文献などを最高裁に提示しても一切無視され、一方的に棄却されたそうです・・・

戦争とは、モニターの中で狙いを定めてミサイルを発射するという、機械的なゲーム感覚のものでは決してありません。
戦争は人間が起こすもの。
例えば、それは、訓練として、罪のない人々を銃剣で突き殺すということ。
当時の軍国主義の世界では、戦争の最前線で戦う者として、人を殺めることに躊躇することは許されず、こういった訓練が平然と行われていたのだと思います。

奥村さんは、山西省の丘の上で、罪のない農民を銃剣で突き殺してしまったということを、奥さんにずっと話せなかったそうです。
この映画の監督と出合った奥村さんは、殴られることを覚悟で、中国・山西省に渡ったそうです。
ちょうどこの時、半日デモの直後だったらしく、状況は極めて深刻と思われたそうですが、思いの外、出合った中国人は皆親切で、奥村さんを大切にしてくれたそうです。
出会った中国人は皆、これだけ高齢の当時の日本軍人が、この地に足を踏み入れたという「彼の覚悟」を理解していたのだと思います。

そこで、奥村さんは、当時何人もの日本人から殴る蹴るの性暴力を受け、差別的に慰安婦と呼ばれ続けた中国人のおばあちゃんに出会いました。
奥村さんが、上からの命令とはいえ、罪の無い人を殺めた事を奥さんに話せずにいることを聞いたそのおばあちゃんは、このように語ったそうです。
「ちゃんと伝えなきゃだめよ。今のあなたは悪人にはとても見えないわ」
今まで逃げてきたトラウマの残る地で出会った言葉が、彼の過去を清算し、前へ一歩踏み出させた瞬間だったのだと思います。

また、現地を訪れている間に、当時、銃剣で突き殺した人が、農民ではなく、戦争に加担していたちょっとした罪人(具体的にどんな人だったかは忘れてしまいました・・・)だということが判明したそうです。
この時、奥村さんは、声を荒げて、「相手が罪人であるなら当然の仕打ち」だといわんばかりの姿勢をとってしまったそうです。
でも、すぐに、「命の重さ」は皆同じだということに気づき、当時の軍国主義の教育が、今もなお、今の自分の思考に確実に根付いていることを実感したそうです。

当時、戦争直後の中国からの日本兵の帰国を担当していた宮崎さんは、最後まで役目を果たせなかったことが、ずっと忘れられずに心に残ってしまっていたようです。
宮崎さんは先月他界されてしまったのですが、生前、奥村さんが会いに行った病室で、植物状態のはずの宮崎さんが、奥村さんの話に反応するかのように、悲鳴のような唸り声をあげていたシーンが映画の中にありました。
これが、命の奥底からの人間の叫びなんだと思いました。
それだけ、宮崎さんの心に、忘れられずに深く深く刻まれていた出来事だったのだと思いました。
看病を続けていた宮崎さんの娘さんも、そんな父親を見て驚きを隠せなかったようです。

もう80になる奥村さんは、この年になって、あの戦争を経験した自分が、戦争というものをまだ良く知らないということを痛感しているそうです。
戦後60年以上経っても、あの戦争が「侵略」か「自衛」だったのかなどの「言葉」レベルでしか語られていないということ。
「戦争」というものを根絶する糸口は、そこには間違いなくありません。

80になった奥村さんは、今も進化し続けています。
「戦争」についてもっともっと勉強して、後世に伝えていこうとしています。
映画の舞台挨拶の時に、ツバが飛んでもタンが垂れても気にせず熱く語る姿に、僕はその熱い想いを感じずにはいられませんでした。

「戦争」とは人間が起こすものです。
戦争自体に罪はないと僕は思います。
過去の歴史から言っても戦争せざるを得ない局面は山ほどあったと思います。
いくら「戦争反対」と叫んでも、「平和」をただ訴えても正直何も変わりません。
戦争を起こさせる人間を変えないと戦争はなくなりません。

戦争を起こさせる人間とは誰のことでしょうか?
戦争を起こすことが出来る一部の権力を持った人たちだけなのでしょうか?

僕はそうは思いません。
戦争を起こさせる人間とは、例外なく
、僕たち一人一人なのだと思います。
戦争になるまで無関心を決め込んで放っておいた僕たち一人一人にこそ、その責任があるのです。
僕たち一人一人がその責任を自覚し意識を変えていかなければ、戦争は絶対になくなりません。

僕も例外なく自覚がまだ全然足りませんが、皆さんにも、このことを今一度考えてみてもらいたいなと思います。