初の死刑、裁判員の重い決断
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1408755&media_id=2

死刑の是非は置いておいて、僕はこの決断をした市民の裁判員の方がたの勇気と経験を賞賛したいです。
僕たち市民の一員が、果てしない葛藤の中、ここまで重い決断をしたということは、日本の歴史の新たな1ページを開くくらいの大きな出来事ではないでしょうか。
市民がここまで影響力を持てるということは、僕たち市民にとって希望になると思います。
司法だけじゃなくて、行政・立法にもどんどん参加して影響を及ぼしちゃいましょう!

以下は、裁判員裁判 初判決が出た時に書いた日記です。今回のニュースに関しても言えることだと思ったので再掲載します。

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僕は、個人的に、この裁判員制度に賛成です。
理由は、こんなに重大なことが、一般市民の生活と切り離されている場所で淡々と進められていることが、むしろ不自然だと思うからです。

でも、「やりたくない」「面倒くさい」という意見が多いのかもしれませんね。

今回の判決結果を、どこか特別な視点で好き勝手評価出来る人は、実際に当事者になった時のことなど、想像も出来ないでしょうね。
そして、こういった機会でもないと、「自分たちのいる社会の中に犯罪者がいる」という事実に向き合うこともないでしょうね。
ただ、テレビのニュースや新聞やオンラインの文字のみを通して得られる情報としてしか認識出来ないということです。

それがどれだけ不自然なことかと僕は思うんです。
今回の判決は、無難な判決になったそうですが、それをただ「面白くない」というように評価するのはおかしいと思います。
その裏に、裁判員の中で、葛藤や戸惑いなど、様々なドラマがあったと思いますよ。
その経験をするということが、どれだけ貴重なことか。

僕たちにも、犯罪者を裁く責任がある。
司法に関わる義務がある。
何故なら、犯罪を犯してしまう人がいるということは、その社会にいるみんなの責任だからです。
僕も、あなたもです。

裁くことは、ただ単にその人を苦しめることではなく、慈悲の心を持ってその人を救いたいという覚悟に変わるべきだと思います。
それは、自分と他人との関係が途切れてしまっている人にとっては、実際に関わってみないと無理なことだと思います。

人を裁くことによってはじめて、その犯罪を犯してしまった人と実質的につながれるかもしれない。
その人を犯罪者にさせてしまったことが、どれだけ共有する社会にとってのロスなのかを体感出来るかもしれない。
自分が無関心でいることが、自分が何もしないことが、どれだけ社会に悪影響を与えているかにも気づけるかもしれない。

どれも、すごく重要な感覚のはずです。
なので、僕は、この裁判員制度という機会は、その絶好の機会だと思うんです。