“Politics should be viewed as a noble undertaking, and local politics the noblest of all.”
「政治は気高い事業と認識されるべきであり、その中でもローカルの政治を最も崇高だとすべきである」
Community and the Built Environmentのクラスで扱っているテキスト(Native to Nowhere, Sustaining Home and Community in a Global Age)のかなりクライマックスで使われていた言葉です。
これは僕が感じることですが、日本人の多くが、政治に無関心だと思います。
さらに。政治に興味があっても、「国政」という巨大な視点でだけ、偉そうに論じているだけで、自分の地元の政治については知らないし、興味がない。
そういう人は、どこか勝手に特別な視点に立って、自分を除外して、ただ批判をするだけなので、ほとんど政治に影響を及ぼせない人です。
これはあくまで僕の感じるところであり、数年前の僕の姿でもあります。
それに、国民だけでなく、多くの政治家が、それぞれの土地のローカルな政治を軽視していますよね。
国政レベルの議員でなければ価値が無いというような・・・
確かに、日本は中央集権過ぎて、国政が変わらなければどうしようもないところもあると思います。
でも、それでも、地元の政治を軽視している限り、自分の生活がさらに脅かされることになります。
その因果関係にも敏感になるべきなんです。
ポジティブな例として言えば、富山市は、「まちづくり」という観点で、すごく進歩の見られる都市です。
日本で始めて、本格的なLight Rail Transitを導入した都市であり、その他、街の景観などでもいろんな事業が進んでいます。
僕が去年富山市に訪れて一番驚いたのが、公共のサービスで、旅行者向けのフリーの自転車レンタルサービスをしていたことです。
僕は、このサービスを利用して、街中を快適に観光できました。
このサービスは、富山市の戦略のほんの一部でしょうが、実は、いくらでも自治体レベルで、自分たちの生活を向上させる権限があるんです。
何も国政が大事ではないと言っている訳ではないんです。
その土地のことは、その土地の人が一番良く知っている。
だから、その土地の人が責任と義務を担って、その土地の政治をするべきなんです。
もっと言ってしまえば、「政治」と呼べないような小さなレベルのコミュニティでも、政治的な構造をしっかり持てば、想像もしていなかったような大きな影響力になりえます。
NPOや、Community Supported Agriculture(CSA)、Co-housingなども、政治的な構造を持つコミュニティであり、所属するメンバーや彼らを取り巻く環境の実質的な向上を体感できるレベルで実現しています。
もっと小さなコミュニティで言えば、「家族」という単位でも、それぞれのメンバーが参加し、コミュニティとしての意思決定をしていくことが出来れば、これこそ一番体感しやすい形で、自分たちの暮らしの質が変わっていくと思います。
国民の大多数が国政一辺倒ではなく、こうやってそれぞれの土地の政治に参加するようになれば、どれだけ日本全体が変わるか計り知れません。
それがある程度証明されれば、国民の意思で、中央集権の構造を捨てて、出来る限りローカルな単位で最大限の権限を与えるような構造に移行していくでしょう。