Jogging on a bright November morning

「経済成長は多くの電力がないと成し得ない」としか思えない人は、想像力が足りないと思う。経済成長も例外なく、電力なんかより、人間の可能性を生かすことが一番の処方箋になる。

僕たち人間が最も可能性を発揮出来るのは、何らかのサバイバルをしているときだと思う。資源やエネルギーが限られてる時こそ、僕たちは想像力を働かせて工夫するでしょ。飢え死にしそうになったら必死にどうにかなるように行動するでしょう。

再生可能なもので資源やエネルギーを代替えすれば解決なんてことは決してない。持続可能な経済成長とは、間違いなく、資源やエネルギーに依存しないものだ。例えば、価値の結晶であるアート。人間の想像力は、一枚の紙切れを何億円もの価値に変えてしまえる。

資源やエネルギーなどを確保しようと思えば確保出来てしまう今の状況が、実はものすごい曲者だと思う。それは、例えば世界の裏側の貧しい地域から分捕ったものかもしれないし、自然や未来の世代を犠牲にして得るものなのかもしれない。自分たちの可能性を信じられない愚かさでしかない。

電気があればあるで、何でも電気を使って楽できるようなものを作るでしょ。もはや、電気を使わずにもっとすごいものを作ろうなんて遠回りなことは考えなくなってしまう。

原発を巡る日本のエネルギー問題は、もはやモラルの問題だと思う。一部の人たちを危険にあわせても、未来の世代に美しい地球を残せなくても、今、僕たちが楽したいと思うのか?楽するってのは、自分の可能性を発揮するのに消極的なのと一緒だと思う。

その上で、僕たちが原発反対ありきというのも良くない。僕ら自身が、原発がなくても持ちこたえられるという証拠を示さないと。それを成し遂げるだけの知恵や能力は既にある。ただ眠っているだけ。それを引き出していく決意や覚悟を固め、具体的な計画として提示していけばいい。