これ破壊的な誤用だ…「そもそも、「弱肉強食」という言葉自体、ダーウィンの原典にある「Straggle for existence」を訳した言葉で、この訳は、「生存のための努力」と訳しても良かったはずだ」 ダーウィンはナマケモノを嫌わないbusiness.nikkeibp.co.jp/article/life/2…

ダーウィンの進化論にあるという「Struggle for existence」を「弱肉強食」と解釈したってのは、ほんととんでもない御用だと思う。だって、「弱肉強食」って、生き残るための一つの方法に過ぎないから。全く逆の「多様性の保護」や「協調」だって、生き残るための手段になり得る。

この「弱肉強食」という解釈のままに、この進化論が経済の世界でも当てはめて使われているとすれば、もの凄く破壊的な御用になるんじゃないか。確かに、「弱肉強食」は経済界でも進化の手段になり得るけど、それが最適とは限らない。「場合による」としか言えないはず。

逆に、「弱肉強食」がサバイバルを不可能にする場合だってある。他を淘汰して自分たちだけが生存出来たとしても、自然や宇宙の環境次第では、彼らは生き残れない。もしかしたら、その場合でも、他の種は生き残れたかもしれないし、その種の仲介で、その「強者たち」も生き残れたかもしれない。

「弱肉強食」という考え方が悪いとも、道徳的でないとも言わない。だけど、その考え方は万能ではなく、その考えが生きるケースは限られているということ。ダーウィンは、進化のパターンについて、間違いなくもっと多様な考えを持っていた。その多様なパターンは、経済界にも通じると思う。

『「進化」や「発展」は「弱肉強食」でしか成し得ない』、「脱落者は自己責任で淘汰されるしかない」、と言う人は、その考えがどこから来ているのか、思想源を確かめてみた方がいい。もし、それがこのダーウィンの進化論からくるとしたら、とんでもない誤解をしているかもしれない。