みなさん、スウェーデンには「自然享受権」というユニークな権利があることをご存知ですか?

この権利は、「たとえ他人の私有地内でも、所有者の家から見えたり聞こえたりしない場所ならば誰でも自由に自然を楽しむことができる」というものです。

だから、他人の所有地であっても、自由に野山を歩き、水にボートを浮かべ、泳ぐことができ、一時滞在して木の実や花やキノコを摘むことができるそうです。
ただし、「その所有者の財産(樹木、作物、庭園など)を損傷しない」という条件付です。

環境スペシャリストの小澤徳太郎先生の本を読んで知ったんですが、素晴らしい権利だと思いました。

先月、おばさんが留守中、2日に一度は庭の植物に水をやっておいて欲しいとお願いされたので、朝、会社に行く前にバタバタしながらも、雨の日以外はなるべく水をあげるようにしました。

植木を育てているのも、花や草木に毎日水をやっているのも、おばさん個人の自己満足かと思ってたんですが、ふと、窓から外の庭に目を向けると、小鳥達が楽しそうに囀り合っているではありませんか。

そうして初めて、おばさんは、自分で楽しむだけではなくて、小鳥達やそこに生息する虫達に自然を享受させてあげているんだなということに気づきました。

そう思ったら、自然を享受出来る権利を持つのは、何も人間だけではないんじゃないかとふと思ったんです。

動物にも昆虫にも、人間を含む生き物すべてに、自然を享受する権利があるのではないでしょうか?

僕たちが毎日生活する範囲に、人間以外の生き物に自然を享受させてあげられそうな場所はどれだけありますか?

僕が仕事で往復する範囲では、ほんの一部だけです。

僕の生活範囲のほとんどは、人間しか住めないようなコンクリート・ジャングルです。

街中には、取ってつけたような人口的な自然しかありません。

だけど、本来は、自然の中に街があるべきだと僕は思うんです。

このコンクリート・ジャングルがどうやって形成されたのかを考えてみると、動物や昆虫達がいかに居場所を失い、追いやられて悲鳴を上げているのかが見えてきませんか?

おまけに、今は地球の温暖化の影響で、世界中で多くの種が絶滅に瀕しています・・・

僕たち人間達は自然を破壊し、人間様の住みやすいように作り変え、時には地形までも変えてきました。

「人間にとって何の役にも立たないから」

この発想がどれだけ危険なことか。。。

そうやって、例えば、雑草の生えた土の地面が、雑草が生えることも許されないコンクリートに変わって行ったんだと思います。

釧路湿原も、同じように、「人間の役に立たないから」という理由で、「人間の為の開発」がされそうになったそうです。

ずっと前にプロジェクトXで見たんですが、当時、生物博士や地元の方々の尽力により、この開発は中止されました。

釧路湿原がどれだけ多種多様な生態系を誇っているか・・・

絶滅の危機に瀕していたツルやタンチョウ達が飛来し、湿地の中には、イトウ(魚類)、キタサンショウウオ(両生・爬虫類)等、多くの種が生息しています。

今では、特に水鳥の生息地として国際的に大切な湿地に関する条約の「ラムサール条約」の指定を受け、保護されています。

実際に釧路湿原には行ったことがないんですが、同じラムサール条約登録地の沖縄の曼湖には行ったことがあります。
(関係ないですが、Google サーチでの「曼湖」の検索結果を見てみると、何でも2ちゃんねる的に意味の無い低劣なものにしようとする一部の日本人の悪い癖が伺えますね・・・汗)

確かに、マングローブが生い茂っているだけで、あまり美しくは見えないし、一見して人間の役にはたたなそうだなと感じました。

でも、ここは、北方から飛来する鳥達の生命線的役割を持つ超重要な湿原だということを知りました。

しかし、この湿原の上には、絶え間なく車が行きかう大きな橋が何本か通っているのも手伝って、環境は悪化し、年々、飛来する鳥たちが目に見えて減少傾向にあるそうです。

行き場を失った鳥達は一体どうなってしまうのでしょうか?

今ある、掛け替えの無い自然を護り、街を自然の中に埋めるほどに作り変えたい。

そして、人間だけでなく、動物や昆虫、すべての生物の為に、十分な自然享受権を与えてあげたい。

その為に、人間の手で作り変えてきた地球を、人間の手で元に戻す努力をしていかなければならないと思うんです。

自然は、地球に生息する生物に平等に与えられた権利だと思います。

また、こういった権利が平等に護られてこそ、世界が平和だと言えると思うんです。

このことを心に刻み、気持ちも新たに、環境問題に取り組んで行きたいなと思います。