「命の重さは同じ」って本当はどういうこと?

gasp at life

昔、「命の重さは同じ」って、本当はどんなことなのかを考えたことがあった。世界の貧しい地域で今にも失われる命と引き換えに死ねばいい?でも、それはただ機械的なだけの平等思想で、本当の人道的な行動とは、自由に動ける僕たちがリスクを恐れずに文字通り「死ぬ気で」行動することなんだと思った。 

「命の重さは同じ」なんて、今時じゃ古くさくて顧みもされないかもしれないけど、そういう世の中だからこそ、生命をモノのように扱うような出来事が増えてきているのではないかな。凄惨な殺人事件とかだけじゃなくて、企業の派遣切りなどの姿勢や、週刊誌のいじめ体質などからも感じ取れる。 

「生命」に対して直接危害を及ぼすのは問題外だけど、「無関心」も同等に有害だと思う。「同情」でも全く不十分で、それ以上に正しい感覚を身につけることが必要だと思う。それには「生命の可能性」に対する正しい認識が不可欠。いろんな大問題の根本的原因はやっぱここにあると思う。