創価学会に入会して3年経ちました。
今日が入会記念日です。
僕にとって、この日が一つの重要な節目として定着してきたような気がします。

これまでの1年間は、本当にいろいろあって本当に苦悩の期間でした。
思えば、出口が全く見えないまま、いろいろ考える気力もなく、何も出来ずにただ環境に流されるまま、ただ苦しい時間が流れていくだけだった気がします。
しかし、この節目を迎えるにあたって、この最悪な流れが何故だったのか、その関連性が見えてきたような気がします。

まぁ、根本の原因は「自分の弱さ」でしかないんですが、それによって、体が弱り、抵抗力が低下することにより、持病の蓄膿症が悪化してたんです。
蓄膿症は、鼻腔の周囲の骨の中の空洞に膿が溜まる病気で、悪化すると、頭が重くなり、記憶力や集中力が低下するという症状が出ます。
実は、子どもの頃に、蓄膿症がひどくて、手術するしかないと言われていました。
手術なんて考えられないと思っていた僕は、別に生活にはそれほど支障はないと思って放っておきました。
現に、それほど深刻な悩みや苦しみが無ければ、深刻な形で症状が出てくることは無いんです。

だけど、この1年は、考えられないほどの難が重なって、体の無理が祟って、季節関係なくずっと悪い咳をしていました。
頭は常に重く、考えることを拒否して、集中力や記憶力を奪っていきました。
何度受けても必要なスコアが取れないTOEFLテストで、顕著にそれが出ていました。
また、言葉が出てこなくて、言いたいことが言えないという障害も出てきて、誰とも会いたくなくてぼーっとしている時間も増えてました。
「こんなはずは無い、こんなはずは無い」って思っても、何故なのか分からず、やがて、自分ってやっぱこんなもんだったのかも。。と思うようになっていきました。

今思えば、この大部分が、蓄膿症が相当悪化していたからなんだと思います。
耳鼻科に行って治療しはじめてから、世界が変わったように頭がクリアになりました。
しっかり病院に通って、この機にしっかり直してしまおうと思っています。

信心しなければ、この難に遭うこともなかったと思います。
もしかしたら、ここまでこの病気が悪化することもなく、何となくこの障害を抱えたまま生きて行ったかもしれません。

この病気を完治させるのに、手術が必要になるかもしれません。
上唇の辺りから皮を剥がして、鼻の骨を削るそうです。
顔に傷が付き、顔の形が変わり、かなり痛みを伴うそうです。

でも、不思議なことに、この病気が完治するなら、何でも無いかなって思えるんです。
この障害が取り払われれば、潜在的な自分の能力も解き放たれる気がしています。
世界平和とみんなの幸福に貢献出来るなら、自分の顔に傷が付くなんて何でもないことだと今は思えます。

昔は、間違ってもそうは思えませんでした。
世間体を気にして、守りに入っていた僕には、自分の顔に傷が付くこと、その事実が残ることをどこまでも気にしていたのだと思います。
どんなに強がっても、自分に自信が持てなかったんだと思います。

蔵にある財より、確かに身の財が大事です。
だけど、何より大切なのは、心の財なんです。

長く暗いトンネルの出口が見え始めたとはいえ、まだ現実は変わっていません。
だけど、自分をせき止めている障害の正体を見破った上で、今直面している現実に向き合ってみると、モノクロとカラーくらいに、劇的に見える光景が変わります。
その障害をいつまでも放っておけば、もしかしたら、ずっとモノクロに近い状態なのかもしれません。

そう考えると、本当に大事なことに気づけて良かったと思えます。

こうして、今回の節目も、意味ある節目になりました。
これからの一年は、ガシガシ進んで、来年、また意味のある節目を迎えたいなと思います。