今日は、「競争」についての連続ツイートをします。僕たち人間にとって「競争」は必要?僕の結論は「必要」です。では、どんな時に好ましく、どんな時に好ましくないのかについて、過去のつぶやきを掘り出していきます。

競争(1)アメリカの白人雇用者たちは、労働者の賃金上昇を防ぐため「階級」と「人種」を利用した。その手口とは、労働組合の弱体化を狙い、中流階級の白人に、他人種の労働者の待遇が同等になることを恐れさせ、労働者間で争わせること。このゲームは、労働者側が団結した時点で雇用主の負けとなる。

競争(2)グローバル化を更に推進させようとしている日本の経営リーダーたちの動きに興味がある。僕はまだ知らないことだらけなので、何か重大な理由があるのかもしれない。日本の弱体化を食い止めて国際競争力で他国を圧倒する状況になった時に、どんな素晴らしい世界が待っているのだろう?

競争(3)ゲーム業界でのSonyとMicrosoftの哲学と、Nintendoの哲学と、全く異質なような気がする。SonyとMicrosoftはとにかく性能やグラフィックでごり押しするけど、Nintendoはあくまで柔軟。競争する気がない。でも、最も成功しているところがポイント。

競争(4)GDPの競争なんて降りてしまえばいい。 それって、ゲーム業界でいうソニー対マイクロソフトの競争のような気がする。性能とグラフィックの美しさでごり押しするあまり、「楽しさ」や「創造性」が欠けていく…そんな競争、降りてしまえ http://bit.ly/hjTCBj

競争(5)「競争で負けたくなかったら、早く競争をやめること、競争に加わらないことを選んだほうがいい。べてるではそれが可能でした。べてるとは、競争しない商売を始めた人たち、闘わない生き方を選ぼうとしている人たちの集まり」(「変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから」より)

競争(6)僕は、「勝ち組の中の落ちこぼれ」だったけど、今は「負け組の中の幸せ者」の道を切り拓こうとしている。

競争(7)こんなにぎすぎすした競争社会には、みんなで敗れてしまえば恐くない。そんな競争社会からは、みんなで降りてしまえば恐くない。負け組みの人間が表舞台で主役を演じ始めるのは時間の問題。勝ち組の栄光は明らかに持続可能ではないから。

競争(8)「勝ち負け」とか「戦い」とかをネガティブな言葉として認識してしまう人がいるかもしれないけど、戦う相手が「他者」なのか「自分」なのか、どちらなのかによって大分イメージが変わると思う。

競争(9)競争する相手は、あくまで「自分」でありたい。比べるのは「10分前の自分」「昨日の自分」「1年前の自分」「10年前の自分」…どんなに些細なことでも、自分の成長や達成は見逃したくない。みんながみんな、自分との競争に徹すれば、みんなで励まし合えるはず。

競争(10)相手に関心を持ち、相手の心の動きや行動に敏感になること。他の人と比べるのではなくて、あくまでその人自身の過去のある時点と比べて、成長した点は惜しみなく讃えてあげて、更なる成長の為に激励してあげる。それは、自分自身の心をさらに豊かにするための実践でもある。

「競争」についての連続ツイートは以上です。やっぱり、他人とはむやみに争いたくないけど、自分との戦いには勝ちつづけていきたいと思います。そして、過去の自分と比較して成長し、何かを達成している人には、どんなに小さなことでも心から祝福してあげたいと思います。