例えば、お祭りをつくる側として高みの見物をするのではなく、一参加者として、まずはみんなとの和を通して、体を使ってお祭の醍醐味を体感すること。

例えば、責任逃れの為に支持する対象を曖昧にするのではなく、民主主義国家で投票権を持つ一人として、支持する対象を明確にし、主体的に良くしていく責任を担うということ。

例えば、環境問題を考える上で、机上で政治や経済の議論を進める前に、地球に住む一人の人間として、まずは心で、自然の素晴らしさを心感すること。

例えば、特定の宗教団体に所属していなくても思想レベルでは宗教の影響を受けていない人はいないはずなので、自分が決して蚊帳の外では無いという覚悟で宗教問題と接していくこと。

僕は、地球に住む「ただの一人」という位置づけでいいと思っています。
僕は、他人より優れている訳でも、偉い訳でも、特別な訳でもありません。
どんなに国家レベルとかで特権階級の身分にいても、この「宇宙」というフィールドを超越する存在になることは出来ません。

ただ、自分のことを卑下している訳ではありません。
僕は自分の中の「無限の可能性」を信じています。
自分は他人以上でも以下でも無いということから、他人にも「無限の可能性」を感じずにはいられません。

今はまだ理想論でしかあり得ませんが、世界中のみんながこの視点に立つことが出来れば、地球上に蔓延る「差別」はきれいさっぱり無くなるでしょう。

みんながあらゆる面で同じフィールドに立ち、みんなが共有できるゴールを見いだし、それに向かってみんなで頑張れたら素晴らしいなと思います。