昨日の日記に書いたとおり、アフリカのスーダン西部ダルフール地方で、想像も出来ない程の悲惨で理不尽な内戦が続いています。

「後、10日で、世界が終わります。」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=229511068&owner_id=2247284

この悲惨過ぎる現実を知ったばかりの、あまりにも無力な僕たちが、彼らに対して一体何が出来るのか。

元々、アフリカの先住民族が、こんなにも攻撃的であった訳ではないと思う。

僕は、あの穏やかで人間味溢れる笑顔を見せてくれるアフリカの人々が、武器を持って争い合っているということが、未だに信じられない・・・

その歯車はどこで狂ったのか?

やはり、ヨーロッパの国々の侵略・植民地支配から始まったのだと思う。

例えば、映画「ホテルルワンダ」のページで学んだ、ルワンダ紛争までの背景を書くと、

第一次世界大戦の戦利品として
ルワンダという国を得たベルギーが、
ルワンダの人々を勝手に人種分けして、
それぞれにロールを与えて、
無理矢理そう演じさせた・・・

元々、助け合って仲良くやっていけていた人々も、
やがて、立場が上の人種が立場が下の人種を
迫害し始める・・・

政治は荒れに荒れ、
暴力の連鎖はいっそう激しさを増し、
国連も平和維持軍を2500人から270人に減らしてしまい、
3ヶ月もの間、
阻むものがいない虐殺行為は
ルワンダ全土に恐ろしい勢いで広がっていったそうです・・・

結果的に国民の10人に1人、
およそ80万人が犠牲となったそうです・・・

これは、ちょうど、人間が、「自然」を破壊し、
「動物」の生態系を崩し続けているのと
同じ感覚なのかもしれません・・・

違うのは、対象が、同じ「人間」であるということ・・・

また、アフリカの国々の国境が、定規で引いたのかと思わせるくらい、きっちり直線で区切られている訳を、みなさんはご存知ですか?

それは、

当時、植民地を支配していた国々が、
先住民族のことなどお構いなしで、
自分たちの領土を、
自分たちの思い通りに、
或いは、緯度や経度を用いて
線を引きやすいように
決めていったからなんです・・・

アフリカの国境には、アフリカの人々の血と涙が滲んで見えるのは僕だけでしょうか・・・

今、僕がスーダンのダルフール地方に行っても、
何も出来ずに殺されるだけでしょう。

今、僕が現場から遠く離れたこの安全な場所で
声を上げたとしても、立ち上がってくれるのは
ほんの数人でしょう。

同じ危機感を持った人が数人集まったとしても、
何から始めていいのかさえ分からず、
路頭に迷うことしか出来ないでしょう・・・

でも、その前に、今の僕に、
すぐに行動に移せるような勇気も危機感もないのです・・・

一番信じられないことは、
こんなにもふがいない自分のことを、
悔しいとも悲しいとも思えないこと・・・

こんなんで世界が変わるはずがないんだ。
誰かがやってくれないのが悪いのでは決してない。

「自分から始めない」ということがすべてに影響している。

だからって、すぐに生活を変えるなんて出来るはずがない。

明日の為に寝ることも必要
生きる為に食べることも必要
生活の為に必要最低限のお金を稼ぐことも必要
心を満たすために娯楽も必要
社会をより良くする為に働くことも必要

今までの生活ももちろん大事。

でも、それらに、以下の2つを少しずつでもプラスして行きたいと思う。

「世界平和の為に、自分が意識を変えていくことも必要」
「みんなの意識を変える為に、行動していくことも必要」

すぐに生活が変えられなくても、

「意識を変えること」
「生きる姿勢を変えること」

は出来るはずだ。

だから、

「自分を変革していくこと」
「自分の想いを言葉にすること」

を、恐れないで・・・

僕たちが、ダルフール地方で苦しむ人々に対して出来ること、、、

それは、

少しでも早くこの醜い紛争を終わらせられるように、
また、紛争後のスーダンという一国の再建のために、
さらに、未来のスーダンの子供たちの笑顔のために、

たった今から、行動を起こす為の「準備」を始めること。

現状を大きく変えることは出来ないかもしれないけど、彼らの未来を大きく変えて行くことはきっと出来る!

彼らを見捨てたままにするかどうかは僕たち次第

「悲惨」という2文字の存在を、この世界に許し続けるかどうかも僕たち次第

いつまでも同じ過ちを繰り返し続けるかどうかも僕たち次第

本当に「明日は我が身」になったときに、成す術もなく、時代に翻弄されながら生きるのかどうかも僕たち次第

僕は、みんなと、この現実から目を逸らさずに、真剣に考えて行きたい。

こんな僕の声でも、みんなの心に少しでも届くなら・・・