今日も、SGIのポートランド会館で行われた仏法紹介ミーティングに参加してきた。

ポートランドでは、このミーティングが週一くらいでコンスタントに行われている。
ここ数ヶ月は、嬉しいことに毎回4人くらいのゲストが来てくれて、清々しい顔で帰っていってくれている。

今日も数人ゲストが来ていて、その中の一人が、自己紹介の段階で、突然、涙を流しながら自分の悩みを打ち明けてくれた。
最初、僕は状況が把握できなくてびっくりしてしまったけど、すぐにこれは自然な出来事なんだと気づいた。

創価学会の会合、特に座談会は、参加者がそれぞれ、抱えている悩みを吐き出せる場所だ。
本当に、不自然と思えるほど、赤裸々に自分の悩みを打ち明ける人を、僕は沢山見てきた。

何故、それが起こるのか?
それは、元々それを起こすのが会合の目的の一つであり、メンバーもそれを理解しているからだと思う。

僕は、創価学会に入会する前に初めて座談会に参加した時に受けた衝撃を今でも覚えている。
こういった場所が今の日本社会に著しく欠けているんだと。

現代社会の中で、他にどこにそんな場所があるのだろう?
悩みを吐き出せず、自分の中に溜め込んでしまっている人はどうなってしまうのだろう?

日本には、年間3万人以上の自殺者がいる。
毎日のように人身事故で電車が止まる。

その度に、迷惑なことだとしか思えない人がいるかもしれない。
実際、例えば、人身事故のmixiのニュースに反応する人の日記を読んだだけでも、迷惑がるどころか、面白おかしく受け止める人も少なくない。

でも、実は、その一つ一つの死が、みんなにとってどれだけ大きなロスなのか。
悩みを打ち明けられずに立ち止まってしまっている人を放っておくことがどれだけのロスなのか。

自分が著しく損をしているのにも気づかない。
それにもかかわらず、すべて分かったような顔をして毎日を過ごしている。

それにさえ気づけないほど、その関連性に鈍感になってしまっている人がいる。
どんなに技術が発展して豊かで近代的に見せかけても、それが分からなければそれは結局野蛮な文明でしかない。

時間を割いて人の悩みを聞き、苦しみを共有しながら、時間をかけて互いに励ましあえる場所。
それこそが、やはり今の日本社会に一番足りない場所だと思う。
それこそが本当の意味で紳士的な文化をつくるきっかけとなる場所だと思うから。