と、姉に皮肉を込めて言われることがある。

僕は、家族にも、夢とか理想を良く語る。
とても大きな夢や理想だと思うけど、どれも非現実的だと僕は思わない。

そういうことに対して、姉からは、良く「無理だ無理だ」といわれる。
でも、逆に、僕は、姉が口にした理想や夢に対して、「姉ちゃん次第でいくらでも可能だよ」と言う。

そういったことを考えていると、今日の名字の言に書いてあったことが、妙に心に響いた。

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子どもに読み聞かせをする、お父さんの話。幼稚園の息子が「絵本を読もうよ」とやってきた。手にしている本は、いつものお気に入り。「きょうは違うのを読もうね」と言っても、聞く耳を持たない▼なぜ、同じ本ばかりねだるのか。本紙4月6日付「トーク21」を読んで、はっとした。東京おもちゃ美術館の多田千尋館長の指摘。読み聞かせはイマジネーション(想像力)の離乳食であり、「子どもは同じ本でも、全く新しい感動を見いだせる、いわば“繰り返しを楽しむ天才”」とあった▼毎回、新鮮な感動があるのだろう。お父さんが「なぜ同じ本ばかり読むの?」と聞くと、息子は「楽しいから」と即座に答えたという。ひるがえって、私たち大人は、あっという間に過ぎゆく一日一日を、新しい感動をもって生きているだろうか▼大人は、子どもたちの物の見方を忘れやすい。“無垢の目”で世界を見れば、肌の色や言葉、文化、国などの違いはなくなる。どんな人とも友だちになり、平和と友情の広場が大きく広がる。“子どもの目”を持ち続けることは、人生という舞台を楽しむ最高の処方箋かもしれない▼“子どもの目”に学びながら、親と子が共に成長していきたい。育児は育自<自分育て>である。(川)

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以前参加したNPOコレクティブハウジング社のセミナーで、ドイツのミニ・ミュンヘンについての取り組みを知った。

ミニ・ミュンヘン

ミニ・ミュンヘン

講師の卯月さんは、「何故、大人になると、子どもの時に持っていたようなファンタジーを無くしてしまうのか?」についても言及していた。

果たして、大人にとって、ファンタジーって捨てなければならないものなのか?

僕は、最近、英語の勉強がてら、以前は全く見る気がしなかったファンタジー映画を見るようになった。

ナルニア国物語とか、ハリー・ポッターとか・・・

ナルニア国物語は、英語の原作も楽しんで読んでいる。

「あんたはただの夢見る少年よ」

僕にとっては最高の誉め言葉に聞こえてならない。

いつまでも無垢な「子どもの目」を持ち続けていられるとも取れるから。